出発の朝は、午前3時に起きた。連休中の道は渋滞が予想されたからだったが、この読みは大きくはずれた…。東名高速は夜明け前から大渋滞で、まるで動かない!SAはどこも満車。運良く入っても、出るだけで30分以上もかかった。コンビニの棚は空っぽで売るものがないし…。平均速度30kmで大阪まで行くと、なかなか時間がかかる!大阪城に近い天満橋のホテルに着いたのは、もう夜の8時だった。
 夜の道頓堀に出かけた。水の都、天下の台所と言われる大阪。道頓堀川に近い千日前通りは、まさにその代表地であろう。
 有名な「くいだおれ太郎」は、名物料理店「くいだおれ」が創業まもない昭和25年から店頭に立ちつづけ、この日もたくさんのカメラに囲まれていた。 
 大阪城は秀吉の城として有名だが、築30年後の大坂夏の陣で落城している。その後徳川の時代になり、2代目将軍・秀忠の命により、およそ2倍の大きさで再築された。しかし、この天守閣も39年後に落雷でなくなり、城も明治維新の動乱の中で焼失したという。現存する大阪城は、昭和天皇の即位を記念して昭和6年に建設され、さらに平成9年に大改修されているので、「ピカ・ピカ!」していた。天守閣まで8階建てという大きな城の中は資料館になっている。個人的に目を引いたのは、石垣。各地の大名に競わせたという石垣は、屏風の絵にあるように人力で運ばれた。石垣を丹念に見ていくと、諸大名の家紋が刻まれている。「よく頑張ったね!」と言いたい気分になった。
 天王寺公園の隣にある新世界地区のシンボルが通天閣である。今の塔は2代目で、初代は凱旋門の上にエッフェル塔を乗せたようなユニークなものだったそうだ。この日も人出が多く、展望台行きエレベーターの待ち時間が1時間半ときいてやめた。スマートボール専門店も大盛況だった!
 司馬遼太郎記念館は、大阪の中心部を離れた東大阪市の住宅街にあった。司馬さんの自宅正門が記念館の入口になっていて、雑木林の茂る小道を歩いていくと書斎が現れた!亡くなったときのままになっているその部屋は、まるで今でも司馬さんが使っているような温もりが感じられた。自宅に隣接する記念館は、安藤忠雄さんの設計である。中には高さ11mの書架があって、司馬さんの蔵書の一部(2万冊)が展示されている。その軒高い空間の中にいると、歴史を俯瞰してきた司馬さんとゆっくりと対話できるような気がしてくる。来館者のメッセージ・ノートがあった。
司馬さんの遺志を継ぐ者が沢山いる、そう思えるとうれしさで熱くなった。
次は京へ