司馬遼太郎記念館をあとにして、京都へ向かった。予定では、日本万国博覧会記念公園に「太陽の塔」を訪れて、岡本太郎さんのエネルギーを感じるつもりでいたが、閉園時間が16時半と意外に早くて間に合わなかった!若い頃は計画どおりにできないと無性に悔しかったが、近頃は悠長になった。というより、次に来る理由ができてうれしいのだ。いつでも「つづき」があった方が楽しい、そう思うようになった。
ホテルは、御所のすぐ近くだった。今回の旅行は、プラン作りが遅れて出発の2日前になってしまったので、宿泊先はどこも満室だった。やっと見つかったホテルは3月にできたばかりで、ガイドブックにも載ってなかったのが幸いしたようだ。
京都は生まれ故郷であるが、幼少の頃しかいなかったので、自分の知っている京都はとても小さい。近所の家から聞こえてくるカタカタいう音が西陣織の機織りの音だったことや、近くのお寺が一休和尚の大徳寺だったことなどは、大人になって知った。そんなわけで、故郷に帰るといっても、観光も目的になってしまうのである。
今回は、銀閣寺を訪ねた。中学校の修学旅行以来だ。室町幕府の8代将軍、足利義政が祖父(3代将軍、義満)が建てた金閣寺にならって造営したもので、金閣寺とは対照的に、わびさびの東山文化を体現している。金閣寺は昭和30年に再建したものだが、銀閣寺は創建時のもの。椿の生垣もよかったし、日本の美を堪能できた。
わびさびの次は、梅小路蒸気機関車館へ行った。全国からSLの資料が集められ、機関車も18両が展示、走行している日本唯一の蒸気機関車専門の博物館である。連休ということで見学者の数は果てしなく多く、駐車場もレストランも長蛇の列で大変だったが、電車好きの息子にはサイコーだったようである。
観光地をあとにして、親戚めぐりをした。僕が幼少時代を過ごした懐かしい場所も少しずつ姿を変えている。ただ大型開発ができないためか、様変わりすることもなく、近くまでくると遙か彼方の記憶も手の中に戻ってくる。いつも冗談ばかりの伯父さんも歳をとった。もう他界したおばあちゃんがいつも座っていた場所に、今は伯父さんが座っている。まだ小さかった僕とたくさん遊んでくれた伯父さんの歳に自分がなっているのだから、伯父さんがおじいさんになっても仕方ないのだけど、ちょっと淋しい。おばあちゃんが好きだった中庭の見える部屋で、仏壇に手を合わせた。ご先祖の話などを聞かせてもらっていたら、今在る自分も独りなわけではないという不思議な安堵感と、同時にまた、責任のようなものも感じた。会えてよかった。
次の家は仁和寺の近くだ。観光名所の近くだとわかりやすくて便利だが、そばまで来て道を間違えてしまった。京都の道は大通りを1つ入ると狭い上に一方通行が多くて、車では不便である。ようやく家の前まで来ると、音に気付いて伯父さんが出てきてくれた。昨年の中国旅行の話になった。おばさんは中国に長く住んでいたので詳しいのだが、最近の情勢もよく知っていた。故郷のことは、いつまでも気になるものなのだろう。「シルクロード、いいですよ」という。いつか必ず行ってみようと思う。伯父さんは大好きなタバコを止めているという。治らない病気になったら吸ってやろうかと思うてるんや、そう言って大きく笑った!
次は近江へ