ゆったりライブの旅
フェスティバル20
12
めぐろパーシモンホール会館10周年記念ライブ
めぐろパーシモンホール
2012/11/3 17:05-21:10
アン・サリー、orange pekoe、高田漣、Banda Kazaliste

 極一部の恵まれた人々を除けば、学生の頃はお金がないものと相場が決まっていた。ない代わりの時間と体力、好奇心に任せて、都内の名画座に出かけては3本立て映画を頭の芯が痛くなるまで見ていたものだが、今や、ゆっくり1本を見る方が心身共に調子がよい。3本見て、心底揺さぶられるような作品は、1本あればいい方で、2本、ましてや3本ともいいということはまずなかった。やや理由は違うが、イベント・ライブの類も、実はあまり好きではない。お気に入りのバンドだけをたっぷり堪能する方が満足しやすい。イベント・ライブで出演者すべてがいいということもほとんどないのだが、「ゆったりライブの旅」は、そんな固定観念をくつがえすものだった。個人的なお目当てはオレンジ・ペコーだったが、他のミュージシャンも三者三様によく、というのは、自分の好みに合っていて、久しぶりにイベント・ライブで得した気がした。

 1stステージは、Banda Kazalisteという初めて聞くグループ。アルトサックス、テナーサックス、アコーディオン、ギター、トランペット、トロンボーン、チューバ、パーカッションの8名の管打楽器奏者からなる。今年から活動を始めたばかり、見るからに不慣れで固さはあったが、バルカン半島あたりをルーツとする音楽性は悪くなかった。ロマ(ジプシー)が多く住んでいたことから、バルカン音楽とロマ音楽は密接な関係があるらしいが、ロマといえば、ジャンゴ・ラインハルトのマヌーシュ・スウィングにつながるから、個人的には好みが合うジャンルである。リーダーの鈴木(アルトサックス)のMCからも音楽への情熱が控えめながらもビシビシ伝わってきて、なかなか好感度が高かった。

 つづいて早くもオレンジ・ペコー登場!1998年のデビュー以来着々とキャリアを積み、国内ばかりか海外公演もこなすほどのスーパー・デュオは、やはり迫力が違った。ナガシマトモコのボーカルは相変わらずパワフルで、弾けるようなパッションが感じられた。藤本一馬のギターも変幻自在で、ジャズ、ラテン、何でもござれである。ピアノ、ベース、ドラムを交えた5人編成だったので、濃厚なオレペコ・サウンドが堪能できた。どちらかというと寡作ではあるが、しかし、質の高い音楽活動を着実にこなしており、浮き沈みの激しい音楽業界にあって、なかなかいい立ち位置にいると思える。彼らを評して「オーガニック」と言われることがあるが、感性的で面白い表現だな、と思うのは脳の仕業でもある。音楽感覚は右脳がつかさどることはよく知られているが、利き手と同様に右脳タイプ、左脳タイプという「利き脳」というものもあるらしい。簡単な見分け方は、腕組みをしたときに上にくる方が利き脳。たとえば、左腕が上にくる人は右脳タイプということらしい。真偽の程はともかく、音楽が感性を鍛えてくれているのは間違いないだろう。オレペコは現在、ニュー・アルバム制作中だそうだ。パブロフの犬ではないが、ヨダレを垂らさぬよう我慢して待つとしよう。

 3stステージは、高田漣。高田渡の息子ということを名前の雰囲気が似ているというだけで根拠もなく予想していたが、ライブの途中で事実であることが判明した。といっても、高田渡が好きだという友人がいるだけで、僕自身は全く知らない。パーシモンホールと同じく、ソロ・デビューして10周年だそうである。そういう話を脚色して大袈裟に話したりせず、淡々と語る人である。「まっいいか」なんて、話の途中で止めたりしながら、思い出したように別の話をしてみたり、不思議と退屈させない語り部であった。スティールギターをはじめ、あらゆる弦楽器を操るそうだが、今回は、ギターのみ。ウッドベースとドラムとともに英語の歌のカバーや自作の歌を交えて歌った。YMOの大ファンらしいが、やっている音楽はテクノとはまるで違っていて、ハワイアンっぽいものやブルースっぽいものなど、このイベントにぴったりのゆったりした音楽だった。特別歌がうまいとは思わなかったが、心温まるような味わいがやけに気持ちよかった。帰宅後に調べてみると、くるりの新作「坩堝の電圧」に入っている「soma」のスティールギターが高田漣のものだとわかった。3.11で被災した福島県相馬を歌ったこのバラードで、涙腺を刺激する音色を奏でているスティールギターである。なるほど、「つながった」気がした。偉大な父親である高田渡の歌もYOU TUBEで幾つか聴いてみたが、僕は息子の方が肌に合うようだった。語り部の才は、父譲りのようだ…。

 最後にアン・サリーが登場した。「全然知らない人」である。ギターの小池龍平、アイリッシュ・ハープの吉野友加の3人編成だったが、α波が放出され眠くなるほどキレイな歌と音色だった(笑)。宮沢さんのライブ覚書にも書いたが、10月28日に行った宮沢和史の「寄り道ライブ」でも歌われていた「蘇州夜曲」をアンさんも歌った。昭和15年に発表された服部良一作曲、西條八十作詞のとても美しい歌謡曲である。歌い手が違うと歌のイメージも違っていて、アンさんの歌は限りなく美しくクセのないスタンダードのような「蘇州夜曲」。一方、宮沢さんが歌うと、彼独特の抑揚によって、昭和の過去へ引き戻されてしまったかのように情緒の波が押し寄せてくるのだった。個人的には宮沢さんの方が好みだ、と僕の脳は応答していた。アンさんは、音楽家であるとともに、現役の心臓内科医であり、2児の母でもあるそうだ。世の中には、才能豊かな器用人もいるものである。

 パーシモンとは初めて聞く単語だが、「柿」のことだそうだ。移転した都立大学の跡地に建つパーシモンホールの字名が柿の木坂といったらしい。最寄りの駅である「都立大学前」という駅名が大学移転後の今でも残っているのも、考えてみれば不思議な話である。パーシモンホールには、日本初の吊り下げ式反射板というものが使われていて、生音の響きを重視した音楽ホールということらしい。都内にあっても緑豊かで、なかなかいいロケーションである。ゆったりライブの企画があれば、また行ってみようかと思っている。