
♪井上陽水
50周年記念ライブツアー「光陰矢の如し」~少年老い易く 学成り難し~
東京国際フォーラム
2019年5月24日(金)18:30-21:30/1階33列8番
1つの完成形をみたような気がした。一ミュージシャンとして。それ以上に、一人の人間として。「完成」といっても、非の打ち所がない完璧さとか、誰からも愛されるような人徳といったものではない。むしろ、そういった教科書的、道徳的なものとは正反対の人間くさい姿としてである。不朽の名作「街の灯」(31)は、浮浪者チャップリンが大富豪のフリをして、美しい盲目の花売り娘にせっせと世話をやくコメディ映画だが、ラストの感動があるのは、娘が知らないところでの数々のエピソードがラストシーンで見事に昇華するからだろう。「ニュー・シネマ・パラダイス」(88)でも「ライフ・イズ・ビューティフル」(97)でも「タイタニック」(97)でも同じで、「自分の人生」を生きてきた主人公がずっと後になって、少年時代に世話になった映写技師のオジさんや身を挺して命を救ってくれた父や恋人の有り難みを深く深く理解するところに大きな感動がある。陽水さんの「完成形」に感動したのも、それと少し似ている。
相変わらず、軽妙なMCが面白かった。今年、45周年ライブツアーをやっているユーミンのことにも触れ、「まだまだ現役を続ける」発言をしている彼女の意欲に感銘を受け、「そういう人に自分はついていきたい」というようなことを言っていた。別に謙遜しているわけではないのだろう。実際には、陽水さんの方が年上だし、50周年全国ツアーも敢行しているわけだが、身構えが陽水さんらしい。やる気がないような、逃げ道を作っているようなフリをしながら、というスタンスがいい。陽水さんを聴くようになったキッカケは、「井上陽水奥田民生」ユニットだった。2007年に行ったライブで、すっかり魅了されてしまった。それ以前は、むしろキライに近かった。音楽世界も声も歌い方もである(笑)。これと似たような経験を時々する。中島美嘉とか、斉藤和義もそうだった!思い込みが強いのか、単なる食わず嫌いなのか…?一瞬先は闇ではなく光だった、ということもなくはないようである。
ライブ後に、本を2冊買った。齋藤孝著「軽くて深い 井上陽水の言葉」と竹田青嗣著「陽水の快楽」。後者は、かなり前に職場の上司に借りて読んだことがあるのだが、あまりに難解すぎてほとんど理解できなかった。もう一度、チャレンジしてみようと思っているが、まだ読んでいない(笑)。前者は、一気読みしてしまった。文面から陽水さんに心酔しているのがわかる。齋藤さんが「陽水ライン」と名付けている文章がいちいち納得だった。一般的に、歳を取るにつれ頑固になったり、尊大になったりと下降していく人が多い中で、陽水さんは、軽やかに上機嫌に上向きラインになっているという。若い頃の陽水さんは、閉塞的で一匹狼のような孤高感があり、ライブでのMCも少なく、「皆さんとお話するためにここに来ているのではありません」などと言っていたそうだ。今とは、別人である!齋藤さん(明治大学文学部教授)は、学生らに「自己実現より他者実現だ」と話しているそうだ。柔軟性をもち、スタンスを自在に変えられるだけの軽やかさをもち、他者受容の中でこそ大人の成熟度を深めていくことができるという。この成熟に到達した陽水さんの姿に、大人としての「完成形」をみた気がしたのかもしれない。70歳にして3時間のライブ。100点満点の満足度だった。
