陽水さんのMCは相変わらず面白かった。丁寧な言葉遣い、ユーモア、はにかみ、捉えどころのない話術が飽きさせない。「長い人生の中には、どうしようもないくらい辛いこと、絶望的で悲しい出来事もあり、そんなときにこう考えればいいというような話をするのではないかと、みなさん、固唾をのんでじっと僕の方を凝視していらっしゃいますが、そんな話はいたしませんので、どうかリラックスして聞いてください。」というような話っぷりに、観客はどっと笑い、肩の力が抜けていく。それでいて、歌が始まると、打って変わって鋭く研ぎつまされた音楽世界に全身全霊が捉えられてしまう。話題も豊富だ。陽水さんは詞を書いてからメロディをのせていくことが多いという。「業界用語で詞先といわれるものです。曲先というのもありますが、この2つだけだと何といいますか、段々飽きてきてしまいますので、たまにはピアノを弾きながら、ってこともあります。これがピアノ先(線)、なんてこと言ったりして(ウフフ…)。次の曲もそうやって作ったものです。おそらくみなさんも知ってる歌です。出だしは『誰も知らない』ですけど…。」という前振りに続いて、ラテン系のリズムボックスのインストから始まる「♪誰も知らない 夜明けが明けた時」と「リバーサイド・ホテル」が歌われ、ファンは、心を鷲掴みにされる!

 陽水さんのライブに行く話を職場でしたら、上司が「陽水の快楽」(ちくま文庫)という本を貸してくれた。ちょうどこの日のライブを挟んで読み切ったが、絶望的に難解であった。たとえば、「氷の世界」については、こんな風である。「LP『氷の世界』に収められた『氷の世界』は、初期の陽水の透明なセンチメンタリズムの世界にはじめて姿を現した心情の破調を告げている。」陽水の話し方については、こうだ。「彼は、『言葉を探し』ながらしゃべるが、べつに正確を期そうとしたり、ひとつの言葉が相手に伝える気圧を計っている、というのではない。耳なれた言葉が、耳なれた概念のモザイク図に納まりかえってしまうことに、どうしても異和を感じてしまう、といった感触を受ける。」何のことやら…である。折角だからもう1カ所くらい引用してみよう。「陽水における三角関係のコノテーションは、ジラールの言うような媒介された欲望といったこととは何の関係もない。それはじつは、あの超越的なものへの欲望の<死>が、いわば<無常観>とか<色即是空>といった物語のうちに描きあげられることなく、むしろ現世的なかたちで表現にもたらされたものなのである。そのことに思いあたって、わたしは陽水の芸術的徹底性になおさら驚かざるを得ない。」というような文章が200ページ以上も続くので読むのがしんどかったが、しかし、面白かった!著者の竹田青嗣氏(哲学者)はあとがきの中で、「自分の陽水論が、こういう形でまとめられたことに喜びを禁じ得ない」と書いているが、著者の心底からの歓喜が読んでいて伝わってきたのだと思う。難解な表現ではあるが、おそらくそうとしか言いようのないことなのだろう。わかりきったことを大仰に言われのは退屈だが、自分の理解を超えた話題は、わからないなりに興味深いものだと思うのだ。

 「氷の世界」で初めて、陽水さんは共作を始めたと言っていた。その1つが「帰れない二人」。知り合ったばかりの忌野清志郎を初めてアパートに呼んだ日に、1行ずつ交代で作ったそうだ。しんみりとしたいい歌である。「40年前には、何にもなかったですから」と、何度か話していた。観客の多くは陽水さんと同世代だったが、おそらくこの言葉に強く共感していたに違いない。「今は、便利なものがたくさんあるけど、あるからいいのかい?」と言ってるようにも聞こえた。

 アンコールは、奥田民生と共作し、大ヒットした「アジアの純真」だった。民生が作ったメロディに陽水さんが意味不明な詞をつけてできた強烈な歌。次が「夢の中へ」と明るい曲が続き、最後に「少年時代」で閉じるのかと思いきや、初期の代表作「傘がない」で締めくくった。「都会では自殺する若者が増えている」に始まるが、聴いていくとラブソングになっていく。充実感たっぷりのライブだった。なぜ陽水さんが人気者なのか、どう天才なのか、僕にはよくわからないのだが、ライブに行くと納得してしまう。

東京国際フォーラム
2014年11月28日(金)19:10-21:50
2F5列88番


 「氷の世界」は井上陽水の3枚目のアルバムである。1973年の発売だから、かれこれ41年前ということになるが、これを再現したのが今回の「氷の世界tour2014」である。面白いなぁと思う。実は似たようなことをTHE BOOMにリクエストしたことがある。「ライブで聴きたい歌は?」というアンケートに、「極東ツアーを再現してほしい」と書いたのだ。残念ながら実現することなく、今年、THE BOOMは解散してしまう。なぜ、陽水さんがこういう企画をやることにしたのか知らないが、「氷の世界」というアルバムは、日本で初めてミリオンセラーになったLPであり、19あるオリジナル・アルバムの中でも人気がある1枚なのだろう。ライブでは、「氷の世界」と同じ曲順で13曲が歌われ、前後11曲を合わせて24曲、3時間近くになるボリュームだった。66才にして、元気だなぁと思わずにはいれない。全国ツアー45公演の最終日。これだけの公演数をこなしていながら、ソールドアウト続出である。僕も4回目にしてようやくチケットを入手できた。この息の長い人気の理由は、一体どこにあるのだろう?つくづく不思議な存在感である。