井上陽水
40th Special Thanks Live in 武道館
2009/12/4
 陽水さんのライブは、07年の「井上陽水奥田民生」以来2回目である。その昔、よく父親が鼻歌で陽水さんを真似ていたが、自分は特にちゃんと聞いたことはなかった。民生が陽水さんと一緒に仕事をするようになって自然と聞くようになったのだが、そんな陽水さんと民生の出会いも面白い。陽水さんの息子が民生のファンで、ユニコーン時代に民生が書いた「雪の降る町」に感動した陽水さんは、その歌詞を手書きして民生に手紙を送ったのだそうだ。自分の書いた歌の歌詞だけが書かれた手紙が大先輩から送られてきて、民生は何を求められてるのかわからずに困ったらしい(笑)。掴み所がないけど、人知れず面白いことを考えてそうな人である。井上陽水っていい名前だなと思ったら実は本名で、ただ「あきみ」と読むのが本名らしい。ともかく、デビュー40周年記念のライブである。
 
 武道館は、陽水さんと同年齢くらいの人を中心にぎっしり埋め尽くされていた。1曲目は「少年時代」だったかな(?)。結構知らない曲も多かったが、それでも十分楽しめるライブだった。「10周年とか20周年とかいいますが、今まで僕はそういうことに全く興味が湧かなくてですね、で、40周年ということで、これは何か違ったものがありまして、じゃあ、やってやろうかなってことで、今日お集まりいただいたわけですが、みなさまにおかれましては、本当に深く深く感謝しております(笑)。」というようなことを陽水さん独特のしゃべり方で話してて面白かった。「40年といってもそんなに曲の数も多くなくて、いや、質も大したことないんですけども(笑)」なんてことを言いながら、いつの間にやら独特の雰囲気に包まれていくのだった。


 
40周年ということで、音楽への思いなども語られた。ビートルズがヒットした60年代の日本では、作詞家、作曲家、シンガーと分業していたのに、ビートルズは全部自分たちでやっているのがすごいと思ったというような話から、初めて歌を作ったエピソードなども紹介された。「初めて作った歌の話をした以上、その歌を聞いてもらわないわけにはいかないですよね」ってことで、弾き語りされた歌は、教室の外から意中の人の指先を眺めてる様子を歌った1番だけのとっても短い歌だった。「何がすごいって、この短い歌にちゃんとイントロをつけたってことですよ(笑)」。

 「最後のニュース」は、民生のカバー版を先に聴いていた。戦争やドラッグや環境問題が人類最後のニュースとなり、みんなにさよならを告げるという歌詞。この日初めて、オリジナルの「最後のニュース」を聴いた。民生は声を振り絞って「最後」を歌うが、陽水さんのは少し距離をとって冷静に歌い上げる感じだった。この歌は、筑紫哲也さんからニュース番組の歌をと頼まれて作ったと後で知った。なるほど、歌に筑紫さんが投影されているような気がしてきた。他に誰も書いたことがないような唯一無二の名曲である。陽水さんは、本当に幅のある人だなと思うが、中でもらしいなと思うのは、「リバーサイドホテル」や安全地帯(作曲:玉置浩二)で大ヒットした「ワインレッドの心」のような夜の男女を歌った世界。その極めつけは「いっそ セレナーデ」だろうか。「あまい口づけ 遠い想い出 夢のあいだに 浮かべて泣こうか」だからねぇ。つくづく、ロマンチストだな〜と思う。

 今年亡くなった忌野清志郎とは友人であり、仕事仲間でもあったそうだ。この日は共作した「帰れない二人」を歌い、追悼の意を込めた。なんだかんだと名曲がたくさんあって、アンコールでやる歌あるのかなと思ったら、「いっそ セレナーデ」があって、最後に「夢の中へ」が登場。斉藤由貴のカバーの方が馴染みがあるが、1973年に書かれたこの歌をよくよく聴くと、実に陽水さんらしいと思える詞なのである。日夜真面目に働き、日常に追われてヘトヘトになってる人たちに、「何を探してるの?そんなことより夢の中へ踊りに行かない?」って誘う陽水さん。うわ〜、今の時代にもぴったり響いてくる言葉ではないか!やはり陽水さんは、タダモノではない。