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「横浜流 すべてはここから始まった」
著者:高橋清一
友人が1冊の本を届けてくれた。彼の親父が書いた本だ。著者の高橋清一氏は、ホテルニューグランドの総料理長である。東京新聞に「厨房鉛筆」というユニークな名前のコラムで1年間掲載されたものが本として出版された。
話はペリー来航から始まる。日本の開国は横濱から始まり、西洋文化の多くが横濱から始まった。アイスクリーム、ビール、牛乳、シュークリーム、西洋野菜など食文化の面でも横濱発祥のものは数多い。ホテルニューグランドは、関東大震災で崩壊した「グランドホテル」(明治6年開業)に代わる新しいヨコハマのシンボルとして、昭和2年に開業し、以来、西洋文化の表玄関として歴史を歩んできた。
初代総料理長は、のちに「日本の近代フランス料理の父」と呼ばれるサリー・ワイル氏。スイス出身のワイル氏は、ヨーロッパ各国の名物料理を取り入れたり、コース料理に限らずアラカルト(一品料理)を導入したり、ワイン以外のお酒も飲めるようにするなど、当時の堅苦しい仏料理のイメージを和やかで楽しいものへと改革し、数多くの名シェフを育てた人である。
私個人にとっても忘れられない想い出がある。横浜港に面した本館での結納の儀。厨房からご挨拶にこられた高橋氏は、お祝いの言葉とともにホテルの紹介や料理の説明をしてくださった。そこで退席するものと思っていたが、部屋の片隅に立ったまま、私たちの会話の合間をみては、マッカーサーが宿泊していた当時の話や石原裕次郎の想い出話などをして、結局2時間余ずっとおつき合いいただいたのである。穏やかで愉しい語り口は、私たち家族の「特別な日」をこの上なく想い出深いものにしてくれた。この本を読んでいると、高橋氏が本の中から話しかけてくるようにも思える。本当のおもてなしとは、こんな風にさりげなく、そして「心」に伝わってくるものなのだと思えるのである。
綺麗で美味しそうな写真と貴重なエピソードがふんだんに盛りつけられた豪華な一冊。ホテルの巨大化が主流の時代にあって、素材を大切にし、手間と時間をかける手作りを基本とするホテルニューグランドは、ほどよい大きさであり続けている。その姿は、「すべてはホテルニューグランドで学んだ」という高橋氏の人間味と謙虚な生き方に重なり、奥深い感動を覚える。
(東京新聞出版局)
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