屋根裏の絵本かき

 

著者:ちばてつや

 

 

 テレビをつけたらNHK「インタビュー ここから」に漫画家ちばてつやさんが出演していた。旧満州で終戦を迎えたのが7歳の時。その日を境に生活が一変する。日本の支配から解放された中国人らが暴徒化し、こん棒や青竜刀で襲いかかってくる。共産党軍と国民党軍の内戦も始まり、危険極まりない。息絶えた人に手を合わせて衣服や靴を脱がせて自分のものにする。空腹に耐えきれず馬糞を食う。そういった極限の逃避行中、仲間とはぐれてしまったちばさん一家5人は、偶然、父の親友、徐集川さんと遭遇する。事情を知った徐さんが自らの危険も省みず、かくまってくれることになる。それから1年後、命からがら日本に引き揚げ、極貧の家族を養うために始めたのが漫画のアルバイトだった。 
 僕が小学生の頃夢中で見ていたアニメの中でも、「あしたのジョー」は特に好きな作品だった。その理由がちばさんのインタビューを聞いて初めてわかった気がした。「あしたのジョー」の原作は梶原一騎、作画がちばてつやである。一言でいえば、すべての登場人物に光をあてる作風である。例えばマンモス西。矢吹丈のようにストイックにトレーニングをして頂点を目指していくことができず、こっそりうどんを食べてしまう。そういった人間の弱さを描きながら、それで終わりではなく、ボクサーとは別の商売の道で成功する姿がちゃんと描かれる。ちばさん自身、子供の頃から要領が悪く、気が弱くて、何をやってもダメだったという。絵を描くのは好きでも特別うまいわけではなく、漫画家になってからも描くのが遅くて非常に苦労したらしい。こういったちばさんの人間性が作品に投映され、「あしたのジョー」になったわけである。
 1972年、田中角栄首相の下、日中国交が正常化した。すぐにちばさんは漫画仲間と両親とともに訪中し、徐さんを訪ねようとしたそうだ。残念ながらすでに引っ越ししていて会うことはできなかったが、1999年のNHK番組で徐さんを探すことになった。そしてついに有力な情報を得る。ちばさんの父はすでに亡くなっていたが、父に代ってお礼を言いたい一心での再会である。しかし、徐さんもすでに3年前に他界していた。1966年に始まった文化大革命では、日本人と親しかった徐さんは、「日本通訳 徐集川」と書かれた板を針金で首から掛けられ、集会で厳しく糾弾されたという。出迎えた徐さんの娘は、ボロボロになった毛布を大事に取っていた。それは、ちばさんの父がその娘の誕生日にプレゼントしたもので、どんなに古くなっても「大事なものだから、とっておきなさい」と父から言われていたという。ちばさんはその話を聞いて、泣き崩れたそうだ。
 80を超えた今でも現役のちばさんは、ようやく漫画が描けるようになってきたと語っていた。もっともっと上手になりたいとも言っていた。要領が悪くて、何をやってもダメだった人にしかわからない心境だと思う。苦しい経験や悲しい思いをしてきた人だからこそ、他人の苦しみや悲しみを理解し、寄り添うことができるのだろう。しみじみとした深い感動が余韻として残った。
 

 

(新日本出版社)