「第三次世界大戦はもう始まっている」

 

著者:エマニュエル・トッド

 

 

 著者はこれまでに、ソ連崩壊、アラブの春、トランプ勝利、英国EU離脱などを「予言」してきたフランスの歴史人口学者である。世の中は様々なフェイクニュースで溢れかえり、週刊誌の見出しのような断片情報に触れるだけで日常は過ぎてしまうので、時々は裏付けのある論考を読み、深く考える時間が欲しくなる。今年(2022)2月24日のウクライナ侵攻は、自分にとってもかなり衝撃的な出来事となっていて、今まで読んでなかった類の本を幾つか読むきっかけになった。「プーチンの幻想」、「コミンテルンの謀略と日本の敗戦」、「日本会議の研究」という流れで本書に辿り着いた。偶然とも必然ともいえるのだが、共産主義(左翼思想)と保守主義(右翼思想)の間を行き来しながら、いずれにも理があり、一方で矛盾も孕んでいるからこそ、終わりなき闘争が続いてきたのだと腑に落ちた。
 本書の冒頭で紹介されるのが、シカゴ大学国際政治学者のジョン・ミアシャイマー教授の発言である。ミアシャイマー教授は、「この戦争の責任は、プーチンやロシアではなく、アメリカとNATOにある」としている。「ウクライナのNATO入りは絶対に許さない」というロシアの明確な警告を無視したことが、今回の戦争の原因という考えである。周知のとおり、ウクライナはNATO入りはしてないし、今後もすぐに加盟できるわけではない。しかしながら、米英は高性能の兵器や軍事顧問団を送り込み、着々と武装化を進めていたようである。3日もあれば首都陥落かと思われたロシア軍の侵攻が10か月(12月現在)経っても続いているのは、まさに武装化してきた成果という指摘である。全世界の支配者であろうとするアメリカと、アメリカに対抗しうる大国であり続けようとするロシアとの長く熾烈な戦いがウクライナを戦場にしている、という見方である。
 「アメリカは、第二次世界大戦後も常に戦争をしてきた国」という記述にもハッとさせられた。プーチンを裁くのであれば、まともな理由もなくイラクで醜悪な行為を指揮したジョージ・W・ブッシュをまず裁くべきではないかという考えも一理あるように思える。冷戦終結後のアメリカの対ロシア戦略は、@ロシアの解体、Aヨーロッパとロシアの接近の阻止で、それらによってアメリカは世界の富の統制力を確保するねらいがあるという。ケーガン一族のくだりも初めて知って驚いた。国務次官のビクトリア・ヌーランド(断固たるロシア嫌いのネオコン=新保守主義)はウクライナ情勢の担当者で、2014年のクーデターにも関与したと指摘されている人物で、夫のロバート・ケーガンはネオコンの代表的論客でイラク戦争を支持していた人物。その弟、フレデリック・ケーガンは軍事史専門家で、妻のキンバリー・ケーガンが戦争研究所所長というネオコン一家である。ウクライナ侵攻以来、戦争研究所という恐ろしい名称の組織からの戦況報告がメディアで取り上げられていたが、「反ロシア」、「親ウクライナ」という立場で出された情報であることは知っておいた方がよいのかもしれない。
 著者は、米ソの対立を家族構造の違いからも述べていて興味深かった。アメリカのシステムは「自由」で「非平等」、ロシアは「権威」と「平等」と正反対のシステムになっていて、対立と同時に補完してきたという。ロシアはアメリカを平等へ向わせ、共産主義が「黒人も人間として扱う」ことを強く迫ったのだという。一方、「ある年齢層の25%が高等教育を受けた時点で、『平等』の意識は失われ、上層部の人々は自らを『新たなエリート』と認識するようになる」という。アメリカは、白人とそれ以外(先住民と黒人)を区別することで白人同士の平等を保ってきたが、教育による「新たな階層化」と黒人の解放の両面から「白人同士の平等」が破壊されたのだという。たまたま昨夜観たホラー映画「ゲット・アウト」は、オバマ後における人種差別をモチーフにした話で、いわゆる白人至上主義的ではない善良なリベラル派の人達の中にあるレイシズムを風刺したものだった。黒人の90%が民主党に投票しているように、共和党と民主党の二極化は人種的な分離に根ざしているという見方もできるようである。
 この戦争は、『ウクライナの中立化』という当初からのロシアの要請を西側が受け入れていれば、容易に避けることができた戦争でした、と著者は述べている。それを避けなかった「それなりの理由」があった、ということである。
 

(文春新書)