「ジブリの教科書3 となりのトトロ」
 
 
著者:あさのあつこ他
 
 
 今年(2013年)、宮崎駿監督は「風立ちぬ」を創り上げ、監督業引退を決めた。72歳である。常に新作を待ち焦がれ、作品毎に斬新なストーリーや表現法に驚き、感銘を受けてきた。しかし、実のところ、そういう新しさだけでなく、むしろ変わらぬ部分の方に惹かれていたのかもしれない。題材は色々だが、一本筋の通った宮崎監督の哲学・思想に共感・共鳴してきたように思える。
 最初にのめり込んだのはTVアニメ「未来少年コナン」(78)だった。核を上回る超磁力兵器によって世界が崩壊したあとを描くこの作品は、大人の失敗を子供たちが乗り越えていく話ともいえる。極限状態でも決して諦めず生き抜くコナン少年とあらゆる状況を受け入れる包容力と慈愛に満ちたラナちゃんのキャラクターは、その後の宮崎作品に通底しているように思える。人間が自然との調和なくして生存できないこと、この世界が生きるに値するものだということが主人公らの生き様から伝わってくる。その作風は、青空を流れる真っ白な雲のように清々しい。
 監督デビュー作となった「ルパン三世カリオストロの城」(79)は従来のルパンとは少し違うテイストとクラリスに投影された宮崎監督の美意識に強く共感した覚えがある。その一方、初見でそれほど感動しなかったのが「風の谷のナウシカ」(84)、そして「となりのトトロ」(88)だった。「トトロ」は子供向けという印象もあって劇場では観ずに、レンタルビデオで見たのだが、退屈なだけで、大部分を居眠りしてしまった。そんなわけで、今年、20数年ぶりに「初めて観た」ともいえる。「ナウシカ」も「トトロ」も2度目でガラッと印象が変わり、今では宮崎作品の中でもベスト3に入るほど好きな作品である。なぜ、それほど大きく印象が変わったのか不思議だが、誰しも似たような経験があると思う。人と作品との関係性も、なかなか興味深い。
 文春ジブリ文庫は今年創刊されたばかりで、「風の谷のナウシカ」、「天空の城ラピュタ」に次ぐ第3弾が本作「となりのトトロ」である。作品毎に違う執筆者が選ばれ、作家や音楽家、批評家などそれぞれの視点で「となりのトトロ」の魅力・背景を語り、また、宮崎監督の対談や鈴木敏夫プロデューサーの苦労話なども盛り込まれ、とっても楽しい「教科書」に仕上がっている。例えば、口承文芸学者・小澤俊夫氏によれば、「トトロは、昔話の援助者と同じく離れたところにいるが、内的には近くにいる。」だから「となりの」トトロなのだという。宗教哲学者・鎌田東二氏は「トトロ」を200回以上見たというから驚く。日本の「カミ」観は縄文時代から現代のトトロ像まで受け継がれ、日本列島の宗教文化の基層信仰を成しているという。サツキとメイが縄文人の主食である「ドングリ」を媒介としてトトロと出会ったり、鎮守の森に棲まう「森のヌシ神」としてトトロが描かれているといった解説はとても興味深い。
 初見では退屈に思えたはずの数々のシーンが、今みると、すべて濃密で愛おしく思える。サツキとメイが覗き込んだ川の中で魚の腹がキラッと輝くシーン、トトロがサツキに借りた傘で雨音に歓喜するところ、一つ一つのシーンが活き活きとして普遍的な美しさが感じられた。 トトロは子供にしか見えない。その見えないものをアニメは見せてくれるのだが、我々が感動しているのは、実は見たものから感じとった見えない部分なのかもしれない。言葉にはできない大切なものを感じるから、「となりのトトロ」はこれほど多くの人々に感動を与え、愛され続けているのだろう。きっと後世に残る大傑作なのだろう。
(文春ジブリ文庫)