著者:芥川龍之介
大正9年に書かれたこの作品は、中国の伝記「杜子春伝」を元に童話化されたものである。主人公杜子春が仙人になるための試験に合格していく過程が描かれ、最後の試験科目となる「愛」で落第するところは、原文と同じであるそうだが、それでこそ人の生きる道としてよいのだと肯定的に結んでいるところは芥川の創作なのだそうである。私もまた、この一点で、この作品を愛して止まないのである。
どんな惨事を見せつけられても、これは試験のための幻なのだと受けとめて声ひとつ上げなかった杜子春が、両親の苦しみ悶える姿を見せられたとき、そして、そんな状況にあってもなお、息子が仙人なれることを望む母の姿をみたとき、杜子春が思わず「おっかさん!」と声をあげるシーンは、何度読んでも涙が出る。
僕らは、ともすると他人とは違う特別な存在になりたいと思うし、できれば他人より上の立場であろうとする。しかし、本当に大切なことは、平凡な人間として愛情をもち、のどかに暮らすことなのだというのが、芥川の主張なのである。「杜子春」は少年文学と云われているが、必ずしも少年ばかりでなく、大人が読むに値する普遍的な価値観をもった作品であると思う。
(新潮文庫)