「時間がない」
 
 
 
  或る友人が「時間がない」という歌を作ったのは大学時代のことだった。
今思えば余程時間に恵まれていた頃だ。
さらに昔、昔へと遡るほど、時間には恵まれ、単調な日々に退屈し、早く大人になりたいと焦っていたことも、今思えば贅沢なことである。
  最近は、退屈することがあまりない。
貧乏暇無しというのか、自分の意志とは無関係に「やるべきこと」が用意されている感じ。「日々充実!」というより、「さぁ何しようか?」と悩む時間さえ奪われている感じがする。
  話は変わるが、私はしばしば壁に当たる。
「もうダメだ」と、思う。次に、嘆く。そして悲観し、やがて諦めるわけだが、大抵最後にもたつく。
諦めきれない自分がヒョッコリ顔を出して、嫌になっている自分と真っ向から対立する。2つの自分の間で自分自身、迷いだす。そうなってしまったとき、私にとっての最後の切り札が次の言葉。その言葉を思い出せば、ふっと肩の力を抜くことができる。
  「自らを限る者」
論語にある言葉らしい。自分で自分のことのことを見限っている弟子を孔子が激しく叱り、厳しく励ます。そして、実は弟子自身、本心では決して自分を見限ってはいないことを見抜き、諭す。死んでみるまで人の人生はわからないのであって、道の途中で自らの人生を限ってはいけないという教え。
  実際には、すべてのものに限りがある。
その人の能力も、与えられる物も時間も、すべては限られ、限られているからこそ、夢を描き、努力もできる。人間は限られているものがとても好きといえるかもしれない。限られていることがむしろ人間が生きるために必要なのだ、と最近気が付いた。