

当時の彼女が大瀧詠一の大ファンだったので少しだけ、はっぴいえんども聴いたことがある、程度である。活動期間わずか3年、オリジナル作品2作のみでありながら、つねに伝説的バンドであるが、個人的にはそれほど好みではなかった。2013年12月、大瀧さんが65歳の若さで急逝。彼女(現妻)は、あまりに突然の訃報に喪失感を感じていたに違いない。大瀧の死が影響したのか定かではないが、2015年7月、松本隆の作詞活動45周年を記念するライブ「風街レジェンド」が盛大に開かれた。当然ながら妻は馳せ参じ、僕は留守番だったのだが、その頃から松本さんをテレビ番組などで知るうち、その人柄に興味をもつようになった。風になびくようなしなやかさと内に秘めた強い決意。剛柔を併せ持った人柄に惹かれたのだと思う。今回のライブに行こうと思った理由の1つがそれで、もう1つが若村麻由美である。「初恋の人」は原理的に一人でなければならないが、若村扮する早乙女翠は自分にとって「初恋の人の一人」である。翠は87~88年に放送されたNHK朝ドラ「はっさい先生」のヒロインで、若村さんのデビュー作である。おてんばなところは、武者小路実篤の小説「愛と死」の夏子と同じで、ドラマ「蔵」で松たか子が演じた烈などともに、若い頃のボクは大抵、意思の強い女性に憧れていた。松本隆の詞の世界を若村麻由美の語りと村治佳織のギターで味わうというのが、今回のライブである。出演者にとってもリーディング・ライブは初の試みで、ビルボード東京でも初めての企画らしい。さて、どうなることやら、観客、演者ともに初のイベントをドキドキしながら迎えたのである。
定刻を過ぎると、一人のおじちゃんがステージ中央に現れた。プロデューサーの藤舎貴生さん。今企画のなれそめやら意図を話していた。後で知ったのだが、藤舎氏は横笛奏者で、その道では著名な方であった。若村麻由美とも一緒に古典舞台をやってたりする。「赤いスイートピー」。やっぱり、松田聖子の声で歌を聴きたいなぁと思ってしまった。しかし、語りの世界も悪くなかった。作品ごとに声色を変え、雰囲気を変えて語られる世界は、ラジオドラマのオムニバスのような面白さがあった。有名な「因幡の白兎」では、藤舎さんも引っ張りこまれ、ほとんど即興で横笛演奏が披露されたのだが、作品の雰囲気にピッタリ合っていて、一瞬で古事記の時代に引き込まれてしまった。中盤、村治佳織さんだけのコーナーもあった。音だけの世界で生きてきた彼女から松本さんへのプレゼント。1曲目の「カヴァティーナ」は、タイトルこそ知らなかったが、映画「ディアハンター」のテーマ曲であった。美しい旋律に知らぬ間に落涙してしまったのは、どうしてだろう…。この映画はベトナム戦争の犠牲になった青年らを描いたものだが、詳細は忘れてしまっていた。しかし、このテーマ曲に刷り込まれた記憶が蘇ったのだろうか。激しい戦争に傷ついた魂を静かに鎮める鎮魂歌のような音色が、数十年の時を超えて感動を蘇らせたのだろうか。
企画・構成もよかったが、ステージでは狂言回しの役回りとなった若村さんの進行がすばらしく、とても内容の濃いものとなった。ほとんど細かな打ち合わせをせずに臨んだらしいが、だからこそ、生の臨場感が生まれたのだろう。とりわけ松本さんは、はにかみやさんである。しかし、内面にはあふれんばかりの思いが膨大な言葉とともにそこに在り、若村さんがそれをスルスルッと取り出してくれていた。そんな才能があったとは!大女優だからといって誰でもできるものではないだろう。若村さんは今回の役のために、約2100ある作品のうち300作品を実際に声に出して読んだという。一番多い言葉は「風」。松本さんは「風の旅人」。そして、「雨」も多かった。「ロマンチストの代表者である」とも言っていて、若村さんも語彙が豊かである。どこまで計画的なのかわからなかったが、客席に来ているという歌手のクミコさんもステージ上にあげられた。還暦を過ぎて静かに収束していくつもりだった松本さんが、45周年ライブを機に活動を再開したのだという。その新曲がクミコさんに書いた「さみしいときは恋歌を歌って」だった。松本さんが、「大人の歌が少なくなってしまったから自分が書いた」というようなコメントをしていた。
クミコさんを迎えて披露された「woman」も感動モノだった。作曲の呉田軽穂ことユーミンは、「提供した曲の中で一番好きかも」と言っているそうだ。映画は未見だが、この歌の力は凄い。そして、やはり薬師丸ひろ子の声で聴きたくなった。声の響きに、その人が現れるのだろう。アンコールの「赤いスイートピー」も「woman」と同じく、作詞/松本隆、作曲/呉田軽穂のペアである。客席に歌詞カードが配られており、みんなで歌うという趣向であった。1階席を若村麻由美がマイクをもって回っていく。5階にいる自分は、「ああ、いいなぁ」と指をくわえて見ていたが、実際に来たらドキドキして歌えないだろうな(笑)。歌になる前提で作った詞からメロディーや音がとられて丸裸にされているような気がして、恥ずかしいけど、言葉がそのまま伝わってきて、歌とはまた違う風景が見えたような気がした、と松本さんが言っていた。「冒険王」という歌については、自分自身だとも言っていた。どの歌にも、松本さんがいるようだ、と若村さんは言っていた。始終、語られた言葉の世界。いろいろな世界を見て、様々な思いを経験してきた人たちだからこその「大人の言葉」に溢れたとても豊かなひととき。想像以上、期待以上に感動的なライブであった。
Set List
01.卒業
02.赤いスイートピー
03.ちょうちょ
04.因幡の白兎~「幸魂奇魂」古事記より
05.須磨~源氏物語より
06.辻音楽師~冬の旅より(シューベルト)
07.フィナーレ・パック~夏の夜の夢より(シェークスピア)
08.カヴァティーナ(マイヤース作曲)
09.タンゴ・アン・スカイ
10.雨をみつけて
11.Tシャツに口紅
12.風をあつめて
13.しあわせ未満
14.冒険王
15.woman~Wの悲劇より
encore
16.赤いスイートピー
♪松本隆の世界~風のコトダマ~
ビルボードライブ東京
2016年9月1日(木)18:00-19:35/5B-2