「食べる−七通の手紙」
 
 
著者:ドリアン・T・助川
 
 
 手紙という形態をとりながら、「食べる」ことに関する作者の思いのたけを綴ったのが、この「食べる−七通の手紙」である。手紙の宛先は、宮沢賢治、川崎のぼる、ポル・ポト、兼高かおる、青島幸男、チャールズ・ダーウィン、和製ギンズバーグの7名。この多様な人選同様、手紙の中身もバラエティ豊かで、1冊のエッセイ集という域を遙かに超える力作である。
 一通一通の手紙もまた奥深く、幅広く、話題があちこち飛びまくり、楽しい。例えば、青島知事に当てた手紙は、「沙魚(ハゼ)」を食材に東京湾のハゼ釣り談義からはじまる。家のすぐ前に海があれば、サンダルばきで釣りに行け、釣り上げたばかりのハゼを天麩羅にすれば、相当な美味に舌鼓がうてるといい、さらにシンガポールで会った釣り師の話へ飛んだかと思えば、パリ、プラハ…へと脱線が続く。世界をぐるっと一周して戻ってくると、今度は第2次大戦における東京大空襲へと時を遡る。本所、深川と呼ばれた一帯がB29の空襲で焼かれ、運河には焼け焦げた者や生焼けの死体が山となって折り重なったという事実。50年後の現在、その川のほとりでハゼが釣られ、釣られたハゼが美味しく食べられる今、我々が過去の悲惨な事実を忘れ去らないようにしっかり記録を残すべきだといい、平和記念館なるものの建設を都市博中止を英断した青島知事に持ちかけて手紙がしめくくられる、という具合。
 手紙の舞台は、日本をはじめ、アマゾンやガラパゴス、カンボジアと世界中を駆けめぐり、一貫して「食べる」ことを主題にしつつも、根底にはいつも人間が「生きる」ということについての作者の鋭い問いかけがある。これだけのことを書くためには、相当の汗と涙を流したはずで、文字どおり「汗と涙の結晶」というべき1冊である。
 
(文春文庫)