「君の膵臓をたべたい」
 
 
著者:住野よる
 
 
 いきなり葬儀のシーンから始まる。「世界の中心で、愛をさけぶ」に似ていると、この本を貸してくれた人から聞いていたので驚きはない。主人公の「僕」は、読書好きで人づきあいが苦手、いつも一人でいるようなタイプの高校生。そんな「目立たないクラスメイト」くんに興味津々で急接近してくる彼女は、天真爛漫でクラスでも人気者の快活な女子高生、山内桜良(さくら)。膵臓の病気で余命1年と宣告されているが、深刻な素振りは一切みせない。タイトルは病気と関連しているに違いないが、「たべたい」にどういった想いが託されているのかは最後に明らかになるであろう、という見えざる引力でぐいぐいと読ませてしまう。大部分は高校生の他愛もない会話劇であるが、彼女の思わせぶりな言動と「僕」の素っ気ない態度のコントラストが結構、面白い。それにしても、住野よるって女性だろうけど、文章を読みながら男性的な印象を受けた。そう感じた理由は、後ほど考えてみたい。
 僕は、博多行き「のぞみ」の車中でこの本を読み始めた。夜にまた、出張先の広島のホテルで続きを読みながら、少なからず驚いたのは、主人公たちもまた博多行きの新幹線に乗り、博多駅前のホテルから夜景を眺めるシーンがあったから。単なる偶然ながら、感情移入効果は絶大だった!僕は残り少ない時間を生きている二人を間近で見ているような気持ちでページをめくっていった。
 198ページの「彼女は入院していた。」辺りから、僕は息苦しくなっていた。常にあっけらかんと明るい彼女が本当はどれほど辛い気持ちで余命わずかという運命と戦っているか、想像するだけで苦しくなった。「恋人でも、好きな人でもない男の子と、いけないことをする」と冗談めかしていう彼女の本心は、どれほど強く儚い想いなのだろう。自分を守るために殻の中に閉じこもっている「僕」は、彼女との出会いによって変わっていく。偶然、病院で彼女が書いている日記「共病文庫」を拾ったことも図書委員の仕事を教えること、彼女の誘いに乗ること、すべて偶然ではなく自分が選んだことなんだと、ようやく「僕」は受け入れることになる。彼女が掛けがえのない存在であったことを認め、人を愛することを知ったがゆえに彼女を失う悲しみに打ちのめされてしまう。
 彼女の死は、呆気なかった。意表を突かれた感じで、ずるいとさえ思えた。しかし、大事なのは、そこではなかったのかもしれない。彼女の葬儀に行かなかった「僕」が彼女に借りていた「星の王子さま」を返しに自宅を訪ね、そこで初めて「共病文庫」を読み、彼女の想いを知ることで訪れる「僕」の心の変化こそが著者が今作で伝えたかったことなのだろう。彼女の遺書に記された言葉が詩的だった。「17年、私は君に必要とされるのを待っていたのかもしれない。桜が、春を待っているみたいに。」 「僕」の名前が志賀春樹だと、読者は最後になって知る。実は、彼はずっと彼女のことを「君」としか呼べない。「怖いから?」と彼女は遺書に書いていた。「千と千尋の神隠し」にも名前を知られると支配されるというようなエピソードがあったが、それに似た印象を受ける。何も感じない人にはどうってことないことだが、名前を呼ぶことには、そういう力があるのかもしれない。
 この手の話は、山ほどある。当然、似たり寄ったりにもなる。二番煎じ的な部分も大いにあるが、それでもこの物語に惹かれるのは、ヒロインの魅力のせいもあるだろう。「愛と死」の夏子の魅力が死をより残酷なものにしたように、「銀河鉄道999」の謎めいた美女メーテルや「ルパン三世/カリオストロの城」の可憐なクラリスの魅力があったからこそ、別れのシーンに心が引き裂かれたのだった。桜良も同様に、男性が夢想した「理想の女性」のように思えた。明朗快活だけではない健気な一面をもった魅力的ヒロインとの運命的な出会いによって、少年が大人へと成長する物語。だからこそ意外に感じていたのだが、読後、住野よるさんが男性であることを知った。何となく、夢が壊れた…(笑)。
 
(双葉文庫)