2001年11月12日。今日は仕事で少し逃げいてる自分がいて、あーあと溜息混じりに1h年休をとって、上がった。わりと切り替えの早いタチではあり、会社を三歩も出ると気分は夜の県民ホールへ浮き足立つ!はずだったが、今日はそうもいかず、実にノリの悪い気分が持続した。年に1回、奥田民生の肉声を聴く機会だというのに、心の中はドンヨリよどんだままである。ときどきは、こんな日もあるもんだ。
東京行きの電車に乗ると、読みかけの文庫本を開いた。ここしばらく集中的に読んでいるドリアン助川氏の「湾岸線に陽は昇る」。「叫ぶ詩人の会」誕生までのいきさつが書かれている。「第三章 放浪U テレジンの子供たち」を読んで、思わずもらい泣きしてしまった。間違いなくドリアン氏は、このとき、ユダヤの子供たちばかりを虐殺したチェコ・テレジンのナチ収容所を訪れて、むせび泣いたのだ。その悲痛なうめき声、すすり泣き、嗚咽が行間にあふれ、もらい泣きしながら、僕は「叫ぶ詩人の会」が生まれてきた風景を見た気がした。
途中下車した横浜で本屋に立ち寄り、中村哲氏の本を買った。アフガニスタンで医療活動や井戸掘りを続ける中村医師の著作も、最近続けて読んでいる。テレビをつければ生々しい爆撃の映像が毎朝、毎晩映し出されているのだが、何か抜け落ちているような気がして、先日、中村氏とともに現地で井戸を掘っている蓮岡修氏の「アフガニスタン現地報告会」に行ってみた。タリバーン政権になって殺人や泥棒がいなくなったことや、アフガン人が親日家であることなど、初めて聞く話ばかりだった。25万人の難民がこの冬を越せないという調査結果もあった。三度三度満腹まで食べて、朝寒くなってきたからと暖房のスイッチを入れる生活の向こう側で、冷たくなってゆく我が子を抱きしめたままうなだれている母親がいることを知った。1000円。ちっぽけな良心から募金箱に入れたこのお金で、一人の人間がこの冬を生き延びられるという。一人の命が、たったの1000円なのである。
相変わらずスッキリもせず、僕は、県民ホールの隅にいた。2階9列5番。このチケットを取るのにずいぶん苦労した。あと2分遅ければ、ソールド・アウトで手に入らなかったチケットだ。会場は、茶髪の女の子で埋まっている。ドライアイス効果で霧がかかったような空気の向こうにステージが見える。そう遠くない場所で、まもなく開演だ。照明が消える!拍手!歓声!奥田民生、登場!
1曲目は、「カヌー」。ライブであまりやらない曲だが、とても好きなナンバー。これでさっきまでのモヤモヤが吹き飛び、たちまち僕はステージに釘付けになってしまった。次は「ハネムーン」と渋めの曲が続く。軽くMCが入って、新曲「夕陽ヶ丘のサンセット」、さらにカバーで「スモーキング・ブギ」へとなかなか選曲がいい!音もいい!実にいい!低音がズンズンくる!民生の声が心地よい!すべてよい!長さんのギターも恰好いい!ネギ坊のベースもしーたかさんのドラムも実にいい!いい!いい!最高にいい!6曲目「オーナーは最高」が終わったところでMC。「いや、疲れた。休憩っ!」これで会場がわっと沸き上がる。今までの経験でいけば、MCがノッてるときのライブはいい。今日は、間違いなく最高のライブになると確信した。
ユニコーン時代の曲もあった。中でも「命果てるまで」の弾き語りは絶品だった。若い頃の曲とは思えぬ渋いメロディ。ギターと唄だけとは思えぬ迫力。後半は、ほとんどノン・ストップだった。「彼が泣く」に続く「マシマロ」で盛り上がりは頂点に達し、民生は十八番のガッツ・ポーズだ。イェ〜イ!やったぜという感じで、ステージと一体化した観客も総立ちでガッツ・ポーズ。これを2階から眺めていると、なんとも摩訶不思議な光景であった。さらに新曲「哀愁の金曜日」「月を超えろ」「手紙」「さすらい」と熱唱が続き、最新シングル「CUSTOM」でついに会場は感動の渦に飲み込まれたのだった。今回は、初めてバック・スクリーンも設けられ、昔のビデオと生のライブ映像とが映し出された。とりわけこの「CUSTOM」で流れた映像は、夜の首都高湾岸線を走る景色や空や海を飛んでゆく風景が早回しに映し出され、詞の世界とも相まって、感動をさらに大きなものにしてくれたように思う。
2時間、僕は酔った。酔って思った。奥田民生は、日本的なロックン・ローラーなのかもしれないと。ストレートには物言わず、恥ずかしそうに、遠回しに、比喩的に、真実を表現する。ときどき本音を語って、やっぱりそうなのネ!と思わせといて、すぐまたオブラートに包み込んでしまう。その距離感が僕には心地よい。一つのいわゆる「男の美学」なのではなかろうか。今年のツアー・タイトルは、最近、相次いで発売されたシングル「The STANDARD」と「CUSTOM」をつなげただけの「OKUDA STANDARD TAMIO CUSTOM」である。ツアー・パンフを見ると、この2つのシングル名は、民生が所有するギター、Gibsonレスポール・モデルの「Standard」タイプと「CUSTOM」タイプが由来ということがわかる。さらにパンフを読むと、「スタンダードという感覚を持ちたくない。けど、カスタムされたド派手も引いちゃうし、好みはプチ・カスタム」というようなことが書いてある。意味があるようなないような、この絶妙なバランス感覚が面白いんだなぁと思う。とにもかくにも感謝!
この文章を書き出したところで、後藤から電話があった。興奮冷めやらぬ僕は、しばし民生談義、音楽談義。響き合える友人がいることは、救いである。また、気を取り直して、会社へ行こうか。
<ライブ曲目>
カヌー/ハネムーン/夕陽ヶ丘のサンセット/スモーキング・ブギ/?/オーナーは最高/The STANDARD/?/命果てるまで/手引きのようなもの/?/トランスワールド/彼が泣く/マシマロ/哀愁の金曜日/月を超えろ/手紙/さすらい/CUSTOM/イージュー・ライダー/BEEF(Anc)