「現代語訳 論語と算盤」
 
 
著者:渋沢英一 訳:守屋淳
 
 
 渋沢英一。名前は聞いたことがあるけど誰だっけ?という人が多いかもしれない。私自身そうである。江戸後期(天保11年)、藍玉(染料)や養蚕を営む豪農に生まれ、幼少の頃より才知であったようだ。6歳から「蒙求」や「論語」を学び、12歳からは神道無念流で剣術の腕前を上げる。幕末、尊皇攘夷の活動が転じて、幕府側の一橋慶喜に仕えることとなり、パリ万国博覧会に将軍家の随行員として渡航中、明治維新を迎えて帰国を余儀なくされる。新政府の大隈重信に説得されて大蔵省へ入るも、大久保利通との対立を経て実業界へと踏み出していく。その後、第一国立銀行(現みずほ銀行)の設立を皮切りに、現代でいう王子製紙、東京海上火災、帝国ホテル、サッポロビール、JR、東京証券取引所、聖路加病院など実に470社もの会社設立に携わり、「日本資本主義の父」となって日本の実業界を牽引したのである。一言でいうと「滅茶苦茶すごい人」なのだが、国を豊かにするための「算盤」ができたことに加え、その精神の根底には常に「論語」の教えがあったところに深い感銘を覚える。
 その考え方は、例えば次のような言葉に表れる。曰く、「人はただ一人では何もできない存在だ。国家社会の助けがあって、初めて自分でも利益が上げられ、安全に生きていくことができる。もし国家社会がなかったなら、誰も満足にこの世の中で生きていくことなど不可能だろう。これを思えば、富を手にすればするほど、社会から助けてもらっていることになる。だからこそ、この恩恵に恩返しをするという意味で、貧しい人を救うための事業に乗り出すのは、むしろ当然の義務であろう。」格差社会といわれる現代にあって、この言葉は心深くに響いてくる。こういう人にこそ師事し、自分の全身全霊を捧げて生きてみたいと思える。
 お金についての考えも機知に富む。その断片を引用すると、「無駄に使うのは戒めなければならない。しかし同時に、ケチになることも注意しなければならない。よく集めることを知って、よく使うことを知らないと、最後には守銭奴になってしまう。」自分の懐だけでなく、社会全体への視点があって初めて、このような考えに至るのだろう。
 渋沢氏は生涯「蟹穴主義」を貫いたという。「蟹は、甲羅に似せて穴を掘る」、つまりは己を知り、身の丈に合った生き方を推奨している。逆境の渦中に投じられた時は、「人が作った逆境」であるか、「人にはどうしようもない逆境」であるかを区別する必要があると説く。前者であればとにかく自らを反省し、悪い点を改める。本気で頑張れば大体は何とかなる。しかし後者の場合、これは天命に身をゆだね、腰を据えて来るべき運命を待ち、コツコツ勉強するほかない。むやみにもがいても無駄に苦労し、精神を疲弊させるばかり、ということだ。
 ふと、今は亡き叔父や祖母を思い出した。貧しい日本にあってタクシー業から米穀店へと起業し、ひたすらマジメに働いて一財産を築いた親子だった。近江商人の「三方よし」にも通ずる「お裾分け」や「お互い様」を大切にし、働くこと自体が好きな人たちだった。その精神はまさに「論語と算盤」であり、自分が行きつく心の故郷は、いつもそこにあるように思えてならない。
 
 
(ちくま新書)