ある日、同僚のW氏が笑うセールスマン風の笑みをたたえつつ近づいてきて、「1月18日なんですけど?」と切り出した。すぐにピンときた僕は、手帳を取り出してスケジュールを確認してみる。「空いてるよ。今度は何?」と尋ねた。さんまさんが主役の舞台だという。僕は即答した。「全然興味ないけど、行くよ!」(笑)。僕は、あまり舞台に興味がない。舞台は、演出がオーバーな気がして性に合わない。視力が悪いため、役者の表情がよく見えないというのもある。ただ、食わず嫌いな面は否めない。舞台好きのW氏は、時々、都合が悪くて行けないチケットは捨てているという話を以前していて、捨てるくらいなら代わりに行くよということで、「ヘレン・ケラー」のチケットを譲ってもらったことがあった。行けば行ったなりに楽しめるし、何かしら発見もある。興味がないということ=自力では絶対行かないものだから、逆に行く価値があるということだ。全然興味がないから行くというのは、そういう意味で紛れもない本心なのである。
時代物である。時は1865年(慶応元年)。明石家さんま扮する浪人・尾長は、訳あって、鳥居房蔵という武士に命を狙われていた。尾長は房蔵の父、嘉十郎を暗殺したため、息子の房蔵が仇討ちのため、探し続けている、というところから話は始まるのだが、とにかくお笑い満載で笑いっぱなしだった。役者でもないさんまさんに本格的な芝居ができるのだろうか、といった心配は全く無用だった。バラエティ専門と思いきや、舞台も20年来のキャリアがあり、そうそうたる役者の中にあって、主役として圧倒的な存在感があった。台本は、当て書きで作られていて、幕末にさんまさんが生きていたらこうかな、という話である。とにかく、笑うことに飽きるほど、ずっと面白かった!
約3時間、休憩なし。さんまさんの出番は多く、台詞量も相当なものだったが、誰一人台詞を噛んだり、間違えたりということもなく、見事の一言に尽きる。しかも、かなりのアドリブがあったようで、その場で突発的に生まれるさんまさんの言葉にどう反応するか、共演する役者さんたちの緊張感、集中力が伝わってきて、それが笑いにもなった。中でも山西惇さん、温水洋一さんとの掛け合いは、まるで名人芸を観るような素晴らしさだった。山西さんの台詞に対して、「そんなのあかん!台詞を言うんではなしに、間で語らなあかんやろ!アホか!」という突っ込みに、本気でたじろいでるような山西さんの表情が猛烈に可笑しかった。明治維新になって廃刀令が出て、手のひらを返すように武士の力が弱まったとき、今まで小さくなっていた商人が急に大きな顔をする。その商人役を演じた温水さんが実に可笑しかった。「こういう調子いい輩、いるよな~」と笑いながら、笑いの中にある風刺が小気味よかった。
この作品の終盤、大きな時代のうねりの中で行き場を失った尾長がポツリとこぼした台詞が印象に残っている。「俺らは、頼まれもせんことを勝手にやってきただけだったんかなぁ」と。このシーンは、さんまさんがお笑いの世界で七転八倒してきた姿とピッタリ一致していた。さんまさんが言うからこそ、説得力があった。みんなを笑わせよう、楽しい世の中にしてやろうと思ってやってきたことが、時代の変化の中で風化して、無用の長物のように扱われたときに、「頼まれもせんこと」だったのかと思い知るという場面に、深く共感した。心の中で滝のように涙があふれた。日々、自分も同じような気持ちでいる。頼まれもしないことをいろいろやってみるのに大したこともできず、むしろ無駄なこと、やらなくてもいいことを自己満足でやってるだけだったのか、という不甲斐なさや葛藤が自分の中にもある。さんまさんは、こんなにもスゴイ人だったのか!僕はすっかり心酔してしまった。もう20年以上前になるだろうか。さんまさんと同じ和歌山出身のカミさんから聞いたのは、「あほかしこ」という関西弁。一見、あほなこと、馬鹿げたことをやっているようで、実は中身がしっかりと賢い人のことだという。解釈は色々あるようだが、「かしこかしこ」よりも僕は、「あほかしこ」がいいな~と思った。そして、「かしこあほ」だけはならんようにしたいと強く誓った。あれから20数年、「かしこあほ」な人を少なからず見てきた。上部だけ取り繕っていて中身が空虚なのは、実に見苦しく、大変みっともない。アンデルセン童話の「裸の王様」そのものだ。中身がないから、せめて外面だけでもよくしようとする気持ちはよくわかるが、それをやっちゃおしまいだ。そこを何とか踏みとどまり、人知れずコツコツ努力する人こそカッコイイ人だと僕は思う。
山西さんのインタビューにあった。「愉快にやっているようで、実は芯を捉えているのがさんまさん」だという。「笑いで天下とってやる」という必死の思いで、さんまさんは、チャップリン、キートン、喜劇、漫才、落語、ブロードウェイ、渥美清と古今東西の笑いから吸収してきた人だそうだ。本当にスゴイ人は、威張らない!いつも他者のことを考えるスペースを自分の中に作って、へらへらしている。さんまさんは、僕が理想と思っていた「あほかしこ」な人だった!後日、「全然興味なかったけど、行ってよかった。サイコーだったよ」とW氏に伝えると、やはり笑うセールスマン風にニヤニヤ嬉しそうにしていた(笑)。心から、ありがとう!
「七転抜刀!戸塚宿」
シアターコクーン
2020年1月18日(土)18:00-21:00/1階XB列20番