♪斉藤和義 LIVE TOUR 2018 Toys Blood Music
NHKホール
2018年4月29日(日)17:00-19:30/3階C8列2番

 「ずっと好きだった」という斉藤和義の歌があるが、僕は、なんとなく斉藤和義が「ずっと嫌いだった」。特別な理由もなく、ただなんとなくである。おそらく初めて彼の歌っている姿をみたのが、奥田民生と一緒のライブ映像だったと思う。ユニコーンの「ヒゲとボイン」をカバーしている映像だったか。声といい、歌い方といい、軟弱な雰囲気がどうにも自分の好みに合わない気がしたんだと思う。その印象を180度反転させたのが、「幸福な朝食、退屈な夕食」だった。2年程前から中村義洋監督が好きになって、過去の映画を順番に見ていたのだが、中村監督が好んで使っていたのが斉藤和義の歌だった。中村作品は好きなのに、中村監督が好きな斉藤和義は嫌いっていうのは何故なんだろうと少し不思議に思いつつ、「ゴールデンスランバー」をみて、ガツンときた。伊坂幸太郎原作ならではの複雑な伏線と人情味溢れる展開がすばらしく、とりわけラストのどんでん返しは思い出しても泣けてくるほどである。深い感動に包まれたエンドロールのバックで流れるのが「幸福な朝食、退屈な夕食」。かっこよくて、すっかり打ちのめされてしまった。「斉藤和義、いいじゃないか~!」一瞬でファンになっていた。
 「好きになる理由」は、興味深い。釣りが好きな人には、どこら辺が好きなのか訊いてみる。毎晩のように呑みに行く人には、その訳を訊いてみたくなる。酒自体が好きなのか、話をしたいのか、それとも家に帰りたくないのか(笑)。音楽や映画の話でも、どこが琴線に触れたのかって話は、人それぞれ違っていた方がむしろ面白い。冒頭に書いたように、好きだ嫌いだなんて、一瞬で変わることもある。それでいて、ものすごく大きなエネルギーをもたらす感情で、時と場合によれば生き死にをかけるほどに人間を突き動かす原動力になり得る。
 そんな経緯があって、初めて斉藤和義のライブに行ったのである。ベスト盤と18thアルバム「風の果てまで」しか聞いてないから、3分の1も知ってる歌はなかったが、それでも存分に楽しめた。大体、イメージどおりの人にみえた。あくせくしてなくて、自然体で、流れに身を任せてはいるけど、体制に迎合するようなことはなく、ちょっと世間を斜めにみているようで、しっかり自分の芯をもっているように見えた。なんだ、すごく自分好みの人だったんじゃないか!(笑)。「幸福な朝食、退屈な夕食」はやらなかったが、わりと好きな「deja vu」が聴けて、幸せな気持ちになれた。荻野目洋子の「ダンシングヒーロー」を振り付けつきでやっていたのも面白かったし、MCの度に「え~」とすごく長く伸ばしてから話し始めるクセも可笑しかった。
 人間は、絶えず変化しているという話を、養老孟司さんの著作で読んだことがある。皆、確固たる自分というものが存在しているように思っているけど、体内の臓器も細胞が常に入れ替わって刻一刻と変わっており、自分探しなんてしようにも、どこかに自分がいるわけではないからやめた方がいいというような主旨だったと思う。まあ、自分探しは言葉の綾で、自分との対話といった方が個人的にはしっくりする。自分が何を好み、何をやりたいのか、自分と向き合い、ちゃんとわかって生きていた方が充実感が得られるような気がする。スティーブ・ジョブズが残した至言のように、「もし今日が人生最後の日だとしたら、その予定をやりたいか?」っていう問いかけは、常に自分としておきたいと思う。