「最後のニュース」



 昨年(2009)も、いろいろな人が亡くなった。身近なところでは義父が亡くなった。同居していたこともあって、死がとてもリアルで、日常にも少なからぬ影響を受けた。亡くなってから強く意識するようになった人もいた。その一人が日本画家の平山郁夫さん。そして、筑紫哲也さんである。森重久弥さんには感じないものを、お二人には感じた。それが何だかよくわからないのだけれど、僕はそういう感覚的なものを当てにすることが多い。いわゆる肌に合う感覚を大事に思っている。

 「最後のニュース」。
井上陽水さんがこの歌を作ったのは41歳のときだったと、「週間朝日MOOK 筑紫哲也」を読んで知った。ラップとは違うが、語りと歌が融合したような斬新な歌い方に驚いたが、その詞がまたすごい。

 ♪闇に沈む月の裏の顔をあばき  青い砂や石をどこへ運び去ったの
  忘れられぬ人が銃で撃たれ倒れ  みんな泣いたあとで誰を忘れ去ったの
  飛行船が赤く空に燃え上がって  のどかだった空はあれが最後だったの
  地球上の人があふれだして  海の先の先へこぼれおちてしまうの
  今  あなたにGood-Night
  ただ あなたにGood-Bye

 なぜ、最後か?
「最後というのは、寝静まる前の一日の最後であり、ニュース番組の最後でもあり、また、文明の終わりが迫っているという意味ともとれるわけです。」と陽水さんは語っている。筑紫さんがキャスターを務めることが決まった「NEWS23」のエンディングテーマとして、筑紫さん本人が陽水さんに依頼して生まれた歌。僕がこの歌を初めて聞いたのは7、8年くらい前だったか、奥田民生のライブでだった。民生はパフィーのプロデュースをしながら陽水さんと一緒に曲を書いていたし、その後、一緒にアルバムを作ったりライブをしたりと親交を深めていたので、僕も知らず知らずのうちに陽水さんに興味をもつようになった。人のつながりは、ときに不思議な縁を感じる。巡り巡って、僕は筑紫さんに辿り着いて、ここで陽水さんとまたつながっていく。こういう出会いが無性に嬉しい。

 筑紫さんの「NEWS23」は18年以上続いたそうだが、ちゃんと見たことはない。NHKを見ることが多いせいであり、テレビ自体をあまり見ないせいもある。なんとなくシンパシーを感じるのはなぜだろう、とずっとぼんやり考えていたら、陽水さんの言葉の中に答えのカケラが見つかった。「筑紫さんは観察者だった」というのと、「大きな流れから距離を置くという意味では、僕も似ているところがあるかもしれません」というところ。自分は演者に不向きだから観察が好きだし、主流を意識しながら、ちょっと距離をとってしまう気質というか、それが好みなので、「わ〜、同類だわ!」と腑に落ちた。ただ、交友範囲の広さは、全く異なる。興味がある集いならどこへでも出かけ、どんなタイプの人とでも交友を深めることで、自分の仕事や人生を豊かにしている人が知り合いにいるが、僕はただただ尊敬と羨望の想いを抱えて傍観していることしかできない。自分の限界を知った。まさに限界は超えられないから限界なのである。超えようとしてはならない。機械の身体になって永遠に生きようとしたり、資源を失い環境を悪化させたからといって、他の惑星に略奪しに行ってはいけないと映画に教わったが、それと同じである。
Think limit!
限界から何が始められるのか、自分なりに考えていたい。

 筑紫さんが亡くなる前、好きなCDをたくさん病室に持ち込んでいたそうである。その中に陽水さんのCDもあったのだが、あるとき家族にこう告げたという。「陽水は、胸に突き刺さるようでツライ。生きていたくなっちゃう。」
人間・筑紫哲也の最後のニュース、のような言葉である。

                                                   2010.2