「竜馬がゆく」
 
著者:司馬遼太郎
 
 
 1835年(天保6年)11月15日、土佐藩郷士坂本八平の次男として、竜馬は生まれる。12になっても寝小便をする泣きべその少年が、剣術の道で頭角を現し、19で上京、千葉道場で北辰一刀流の免許皆伝を得る成長の物語。千葉さな子や福岡家のお田鶴さまとのロマンスなどもあって、帰郷後に脱藩、幕臣・勝海舟との交流から開国論者になり、亀山社中、海援隊の創設後、薩長連合、大政奉還へと時代を大きく転換させ、明治維新の礎を築くなり、颯爽とこの世を去る。1867年(慶応3年)11月15日、奇しくも竜馬33才の誕生日である。
 この物語は、司馬さんが産経新聞を退社した翌年の1962年(昭和37年)、39才のときから連載が始まり、4年間に渡って書かれた。その同じ時期に、司馬さんは、竜馬とは対局に位置する土方歳三と近藤勇を主人公に「燃えよ剣」を書いている。こちらもかなり面白いのだが、他にも「国盗り物語」「功名が辻」「幕末」など多数の著作を執筆しており、その旺盛さには恐れ入ってしまう。
 「竜馬がゆく」は、時代を超えて多くの読者を魅了してやまない。「人はいかに生きるべきか」「世の中とはどうあるべきか」人生の指針であったり、ビジネス書であったり、歴史小説という枠を飛び超えて、司馬さんの「竜馬」は、実に多くのことを教えてくれる。よく「司馬史観」といわれるように、この小説は、司馬さんが考える歴史観であり、司馬さんの思想なのだと思う。竜馬の本は数あるが、やはり「竜馬がゆく」が特別なのは、司馬さんだからである。
 司馬さんの作風は、ユニークである。物語の途中でいきなり「余談ながら」などと作者注が入る。例えば、文庫第6巻237ページ。「事の成るならぬは、それを言う人間による、ということを、この若者によって著者は考えようとした」と出てくる。ここが「竜馬がゆく」の主題とも思える。当時、薩長連合という発想は、すでに公論になっていたという。ただし、所詮は机上の論。最後の難事を竜馬がひとりで担当したという。それが、西郷を前に竜馬が言った「長州が可哀想ではないか」の一言だったと司馬さんはみる。この鋭い切り口が、読者の心を掴む。日頃の世知辛い議論やうさんくさい情報にうんざりした心は、これでスカッと晴れる。まさに一刀両断の文脈である。
 今回、「竜馬がゆく」を読んだのは、実に17年ぶりだった。高知を訪れ、京の明保野へ行ったり、不思議な縁を感じた。「命は天にある」と無私無欲に駆けた竜馬の生涯は、自分の揺れ動く人生航路の羅針盤となってくれる。
 
 
(文春文庫)