「論語物語」
 
著者:下村湖人
 
 
 儒教の粗、孔子が生きたのは、今から2500年も昔の中国・魯である。「子曰く」で始まる「論語」は、現代においても力強い説得力をもち、「天の書」とも云われている。
 一方の下村湖人は、佐賀を中心に活躍した教育者・作家であり、明治の人である。英文学を学ぶため湖人が通った東大には、ちょうど英国帰りの夏目漱石もいて、周囲の者はぞくぞくと漱石の門を叩くなか、湖人は決してその仲間に入らなかった。「異風者」といわれる佐賀人の気風がそうさせたというのだが、少年時代を福岡で過ごした私にもそれと似た気質があるのか、妙に共感する。
 座右の書、座右の銘という。それは音楽でも、映画、漫画、何でもよいのだが、人はそれぞれ生きる支えとなるようなものを求める。私の場合、「論語物語」がこれに当たる。大袈裟にいえば、命の恩人くらいの大きな存在である。題名からもわかるように、論語を題材とした物語が全部で28編ある。物語の中には孔子の言葉も紹介されているが、話自体は湖人が現代に合わせて創作したものである。二千数百年前の中国ではなく、今の人々のふつうの「心」を書いたと湖人自身も序文に記している。
 湖人は、「凡人道」というものを説いている。人は平凡でいい。平凡な道を非凡に歩むのがいいという思想である。私もまたそういう生き方を求めている。「スゴイ、やった!」と得意になってもまだ先があると諭され、「ダメだ、こりゃ!」と落ち込んでもそこに意味を見いだし励まされる、そんな本である。
 
 
(講談社学術文庫)