

夏川りみのライブは久しぶりだった。自分でも覚えてないくらい前になるが、ライブ覚書をみると2016年の「沖縄音楽フェスティバル」以来9年ぶり、ワンマンだと2011年の「ぬちぐすい石垣島」まで遡るようだ。沖縄音楽に興味をもつきっかけはブームの「島唄」だったかもしれない。ビギン、喜納昌吉、ネーネーズ、古謝美佐子など、沖縄出身のライブによく行っていた頃もあった。岡本太郎の「沖縄文化論」を読んだり、実際に沖縄本島やいくつかの島々を旅行したりもした。美しい海やのどかな家並みとは対照的な本土決戦の傷跡や基地問題なども忘れてはいけない。けど、悲しんでばかりはなおいけない。夏川りみのライブはまさに、そういう沖縄の歴史と今を感じさせてくれる。
最初の数曲目で宮沢和史の「芭蕉扇」を歌った。大好きな歌だし、りみさんの声にもピッタリだった。4曲目くらいが「涙そうそう」だった。「こんなに早く歌ってしまって、大丈夫なのって思ってるでしょ?(笑)。大丈夫さあ、ちゃんと新しい歌を聴いてもらおうって用意してきてるからさあ」と笑っていた。遠目で気付かなかったが、ふと見るとギターは樋口直彦さんだった。長年birdのサポートをやっている人で、紳士然としたたたずまいだけど、スローなバラードから激しい曲までさらっと弾いてしまう人である。ドラム、パーカッションの玉木正昭さんは、りみさんのご主人で、チューブのサポートバンドもやっているようだ。いかにもチューブって感じの夏の海辺が似合う陽気で楽しそうな人だった。というつながりで、チューブの歌もカバーしていた。中盤は会場を明るくして、ノリのいい曲に合わせて、会場全体で振り付けやカチャーシーをやって盛り上がった。軽快に踊りながら歌うりみさんがとても輝いていた。ずっと子供の頃から歌手になると決めていたそうで、人が集まれば歌ってたのかなと、子供の頃の様子が想像できて微笑ましかった。
最後は「わらび神」と言ったときの反応で「なんでわかるの?」と言ってるのがかわいかった。とにかくかわいらしい人だった。 戦争についても少しだけ話していた。たくさん話したそうだったが、暗い雰囲気にならないように配慮しているようにも感じられた。アンコールは3曲で、3曲目は一人で島唄を歌った。「夏川りみの声で島唄のアルバムを作りたいとずっと言っててまだできてないけど、いつか必ず作りたい」と言っていた。最後はちょんと飛び跳ねながら投げキッスをしていた。とにかくかわいらしい人だった。
この覚書を書く少し前に読んでいた本、國分功一郎「目的への抵抗」について少し触れてみたい。消費と浪費の違いについて書かれていて、人間は浪費や贅沢によって豊かさを感じ、充実感を得てきた。人間の生存の観点から見れば、贅沢は無駄なもの。浪費は満足によって終わるが、消費は観念的な行為のため、終わりがない。ここでは浪費が大事という文脈で書かれていて、ふと、高校時代に親父と喧嘩したことを思い出した。バイクに乗ることについて、「必要がない」と注意されたことに腹が立ち、「必要だからやる、必要がないことはやらないっておかしいだろう」と反発したのだ。必要がなくても楽しいからやる、そういうことにも価値があると言いたかったのだが、國分氏の主張を読んで合点した。そしてふと、夏川りみのライブに行ったり、他にも様々な無駄なこと、贅沢なことをずっとやり続けていることが、自分が思っていた以上に価値があることのように思えて、嬉しくなった。義父は生前、「お金はどう稼ぐかより、どう使うかで人間の価値がわかる」みたいなことを言ってたことがある。ものすごく浪費しまくりの人だったので、自己弁護のようにも聞こえたが、今になって思い出すのは浪費にまつわる楽しい思い出ばかりである。
♪夏川りみ
~コンサートツアー”たびぐくる”2025~
横浜市市民文化会館関内ホール
2025年6月28日(土)15:35-17:30/1階17列7番