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「拉致と決断」
著者:蓮池薫
蓮池薫さんの文章を初めて読んだのは、韓国映画「トガニ〜幼き瞳の告発」(11)のプログラムでだった。そのコラムでは、特殊な環境下に置かれるといとも簡単に野生の本能に戻ってしまう人間の危うさや現代社会の死角に潜む不条理について言及され、悪を悪と否定する良心の力を取り戻そうと呼びかけられていた。骨太で迫力のある文章だったし、何より24年もの長きに渡り自由を奪われていた蓮池氏の言葉だからこそ、強く胸の内に響いてきた。
云うまでもなく弱肉強食は自然の摂理である。強者が弱者を支配する構図は、人間社会でも普通にみられる。しかしながら人間は、弱者を憐れむ心や理性があるから、弱者から搾取するばかりでなく、保護したり支援したりして、共存共栄の道も歩んできた。現実はどうだろう。最近のニュースを拾ってみればわかるが、酷いもんだ。2012年11月21日、イスラエルとパレスチナのハマスはエジプトの仲介で何とか停戦に合意したが、一触即発の状態に変わりない。「トガニ」が告発したような障害者への性的暴行は日本にもあるし、昨今のイジメを苦にした青少年の自殺はこれだけ社会問題化していてもなお後を絶たない。強者によって弱者が餌食にされている現実があまりにも多すぎて、いちいち気にしてられないほどである。すでに心が不感症になっている、といってもいい。
北朝鮮による拉致問題も長い。横田夫妻が娘さんの帰国を訴えるニュースを見ても、通過電車を見送るが如く、たちまち他のニュースに興味が移ってしまう。蓮池さんもこのような現状に疑念を禁じ得ず、拉致問題解決のためには関心をもち続けてもらうことが必要との思いでこの本を執筆したのである。
蓮池さんは、大学からの帰省中にたまたま立ち寄った柏崎の海岸で北朝鮮の工作員に捕まり、袋に入れられ拉致された。それから20歳〜44歳までを北朝鮮で過ごす。ある意味では人生の中で最も活動的で中身の濃い時期に、想像を絶するあり得ない事件に巻き込まれたのである。全く信じがたいが、事実である。僕たちにできることはそれほど多くないかもしれないが、まずは関心をもつことだろう。隣国に打ち込んだミサイルによって両親を失った子供が泣いている姿を発弾した兵士は見ていない。毎日、学校へ行くたびに殴られ、脅され、金をゆすられる息苦しいほどの絶望感を殴っている側は仲間と馴れ合うことで目を伏せている。「しっかり、見ろ!」といいたい。全く不条理である。不条理に立ち向かう第一歩は、関心をもつことだろう。
本書では、北朝鮮の人々の暮らしも詳しく描写されている。「彼らは私たちの敵でもなく、憎悪の対象でもない。」と蓮池氏は書いている。本来なら憎しみ、恨んでも恨みきれないと思うが、蓮池氏は冷静に「問題は拉致を指令し、それを実行した人たちにある。それをしっかり区別することは、今後の拉致問題解決や日朝関係にも必要なことと考える。」と続ける。このように冷静に、真正面から北朝鮮での24年間を振り返るには帰国後10年の歳月が必要だったとあった。現代に、意義ある一冊である。
(新潮社)
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