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プーチンの幻想
「ロシアの正体」と日本の危機
著者:グレンコ・アンドリー
今年(2022)2月24日、ロシアがウクライナへの軍事侵攻を始めた。侵攻の理由は、「ウクライナ政府によって8年間虐げられてきた人々を保護するため」という勝手な解釈によるデタラメである。軍事施設を標的にしたと主張しつつ、一般市民の集合住宅や病院、避難している学校などをミサイルや戦車の砲弾で次々と無差別に攻撃し、3月4日には、サポリージャ原子力発電所も攻撃している。犠牲者には多くの子供が含まれ、拷問や女性の性犯罪も多発している。さらに生物化学兵器や核兵器の使用にも言及し、降伏を求めている。プーチンが何を考えているのか真相は本人にしかわからないが、血液のガンを患っているという噂もあり、死期を感じて焦っているのかと勘ぐりたくもなる。
著者は、ウクライナ人である。我々日本人よりも身近にロシアに接しており、ロシアの実態をよく知っているだろう。一方、ロシアに対する恨み、憎しみも強い分、主観的な感情も混じっているかもしれない。できるだけ事実を読み解くようにして読んでみた。
FSB(ロシア連邦保安庁)の長官だったプーチンがエリツィン大統領の首相指名を受けてただちに行ったのが、自作自演のテロ戦争だったという。当時、チェチェン・イチケリア共和国の武装集団がロシア連邦の一部のダゲスタン共和国に侵攻した。ただ、世論は大規模な戦争は望まず、そもそもチェチェンの大統領が武装集団単独の侵攻について反対し、武装集団を批判し、ロシア政府に和平交渉を申し込んでいたという。FSBはこの機を逃さず、ダゲスタン共和国など4地区のマンションを爆破し、チェチェン系テロリストのテロの恐怖を煽って、世論を誘導したという。この時、マンションの地下へ爆破物とタイマーを運び込んでいた人物が逮捕されたが、それがFSBの職員だったことが判明する。こんな致命的な失敗にも関わらず、この職員が運び込んだのは演習のための砂糖だったと発表し、多くのロシア国民が国家のプロパガンダを信じ、第二次チェチェン戦争になった。これにより、対テロに対抗できる強い指導者として、プーチンが支持される世論を誘導し、大統領選挙の勝利につながったという。後にイギリスへ亡命していた元FSB職員のリトビネンコ氏が自著の中で、このマンション爆破がFSBの偽装テロであったことを証言している。その4年後、彼は亡命先のロンドンでFSBの職員との接触後に死亡。体内からポロニウム210という放射線物質が検出されている。
というような具体的な事例によって、プーチンの残虐性や人命を軽視する姿勢が克明に紹介されている。にわかに信じがたいのと同時に、そこまでする目的は何かという疑問を抱かざるを得ない。「プーチンは世界を思うように動かしたいだけ」と、著者は書いているのだが…。
2008年のジョージア侵略は、プーチン就任後初めてロシア正規軍が外国の領土に侵略したもので、彼は西洋の出方をみていたという。この侵略で西洋諸国は何も処罰しなかった。同年誕生したオバマ大統領は、「米露関係再起動」を主張してロシアに対して友好的態度をとったという。これでプーチンは、「何をやっても問題ない」と確信したのだろうという。
プーチンの正体に肉薄したのち、この本は、日本の対ロシアの問題点について詳細に論じている。日中戦争も日米戦争もソ連率いるコミンテルンの謀略で起きたことなどにも触れられている。理由は不明だが、ロシア人の領土への執着は異常に強く、中国の2倍もの国土を領有し、その多くが未開発にも関わらず、新たな領土を欲しがっている。例えば北方領土問題について、ロシアは返還する気は全くないが、「返還するかも」という態度に見せかけて、様々な支援を求めて交渉を有利に運ぼうとしている。日本にとって脅威となっている対中抑止についても、ロシアは敢えて中国を警戒し、実は対立しているという非公式情報を政府に通達している節があると筆者はみている。安倍総理は20回以上プーチンに会い、友好をアピールしているが、その真の目的は何か?北方領土返還は、「平和条約の締結」や「領土問題の解決」という言い方に変わったという。その流れで「二島返還で平和条約」という話が出てきているわけだが、そうなれば事実上、国後島と択捉島のロシア帰属を認めることになる。安部首相が、自分の在任中に解決すると発言したことにより、まさに四島の返還は断念して、二島返還での譲歩もやむなしと公言していることになり、これはロシアにとって有利であっても、日本の国益には全くならない。首相が自らのレガシーを残すため以外に、期限を設けて交渉する必要はないというのが著者の見解である。
思いのほか長くなってしまったが、最後にウクライナの核戦力について触れておきたい。ソ連崩壊時、ウクライナはロシア、アメリカに次ぐ、世界3位の核戦力をもっていたという。それをアメリカやロシアの様々なプロパガンダにより、危険で莫大な維持経費がかかり、実際には使うことがない核兵器を早急に放棄する道を当時のウクライナ政府が決めてしまったという。仮に放棄するにしても時間をかけ、それに対する対価を求めていれば、今ほど無防備ではなく、2014年から続くロシアとの戦争も回避できた可能性があったのではないか、というのが著者の考察である。
人と人の関係と同じように、国と国も友好関係を結び、お互いに譲歩することで、国家間の問題解決も平和的に解決できるんじゃないか。そんな風に思っていたが、ロシアが現実にやってきた事実を知ると、それは幻想ということにならざるを得ない。現在(2022年5月)、ウクライナ侵攻が終息する見込みは全くない。ウクライナのゼレンスキー大統領による徹底抗戦が奏功し、ロシアの勝利は遠のいてはきている。しかし、独裁者プーチンが勝利を決定づけるために核爆弾の使用に踏み切る可能性もあり、全く予断を許さない状況がこれからも続くだろう。「次のナチは、ナチズムを否定して現れる」という言葉があるそうだが、正に現実になってしまった。平和を維持する難しさと大切さについて、改めて考えさせられた。
(PHP新書)
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