デビューして数年くらいのインタビューで、宮沢さんはこんな風に話している。「僕は、あの時こうしておけばなあというのが多い。子供のころから結構ある。やった事に対する後悔というより、なぜあれをやっておかなかったのかというやつだ。」。そして、30年間、宮沢さんはこれ以上ないというくらいの行動力とアイデアで多彩な音楽活動に奔走した。数年前には、頸部ヘルニアで歌手活動に終止符をうつ決断をし、音楽とは別の世界で生きることを選んだ。それから、もう一度歌うようになり、病と向き合いながら「この日」を迎えた。感無量だろうな~。いつもながらに饒舌な宮沢さんのMCから、そんな熱い思いがひしひしと伝わってきた。ツアータイトルの「あれから」がいつからのことかわからないが、ホコ天(原宿歩行者天国)でのストリート・ライブの頃や「島唄」が大ヒットした頃、あるいはブラジル音楽と出会った頃など、いろいろな節目節目から今日までの道のりすべてを包括しているに違いない。音楽に限ったことではないが、多くの芸術やスポーツ、仕事は、相手が受け止めて初めて成立するものである。わかりきったことだけど、ちゃんとできている人は案外、少ない。つい独りよがりになって、できてることにしてしまう。宮沢さんの歌は、相手を受け入れ、励ますものが多いように思う。宮沢さんが、繊細な感性と強い信念に裏打ちされた優しさを併せ持っているからだろう。そして、後悔する自分に真正面から向き合っている人だからこそ、相手のことも後悔させたくないと願っているように、僕にはみえる。

 こういうことは好きではないんですがと照れながら、ゲスト・ミュージシャンを迎え入れた。一人目は、同じ山梨出身の藤巻良太(レミオロメン)。友人の結婚式のお祝いソング「3月9日」と「星空のラブレター」を熱唱した。二人目のハナレグミ(永積タカシ)とは、「中央線」と「NO MOMAN, NO CRY」。そして、3組目はコブクロ。黒田さんは193cmもある長身で、しばし、背の高さをネタに盛り上がった。宮沢さんのリクエストで、コブクロのデビュー曲「Yell~エール~」、それと「風になりたい」を歌った。

 3時間を超えるライブの終盤に、サプライズ・ゲストが登場した。「どうしても本人が出たいというので」という紹介で登場したのが又吉さんだったので驚いた。「え、歌えるの?」というのが会場の反応だろう。又吉さんはとにかく、ブームの大ファンだったそうだ。床屋に宮沢さんの写真を持参したものの、髪質が違いすぎて無理と言われたとか、さりげないエピソードが可笑しかった。二人でやったのは、ポエトリー・リーディングだった。宮沢さんは毎年、その年のニュースを詩にしているらしく、2019年バージョンを二人交互に読むというものだった。これがとてもしみじみとした感動を誘うものであった。宮沢さんらしく、今の日本の政治、世界の苦しみ、環境問題など幅広い問題意識と辛辣な見識が盛り込まれていて、やはり、この人はちゃんと見ていると思えてホッとした。こんな風に真っ当な大人がいる限り、まだまだ日本は大丈夫という気持ちになれる。

 アンコールの中で、少しだけ「雪虫」を弾き語り、会場がどよめいた(笑)。たぶん、ライブで聴くのは初めてだ。全くライブ向きではないということだろうけど、個人的には宮沢さんのこういう文学的な世界観にもっと触れてみたい。「こういう曲ばっかり集めたライブもいいかな」と冗談っぽく話していたが、僕は大歓迎だ。31年目のライブにもぜひ、足を運ぼうと思う。そして、自分もやらない後悔をしないように、やりたいことは残さずやっていこうと思う。

♪宮沢和史
「デビュー30周年記念コンサート~あれから~」
オーチャードホール
2019年10月18日(金)18:40-21:50/1階32列18番