|
「宮崎アニメの暗号」
著者:青井汎
敦煌旅行(2010.8)の旅友であったKさんは演劇に明るく、映画好きでもあったので、道々の話題には事欠かなかった。そんな中、宮崎駿アニメで盛り上がった。Kさんの好みは「耳をすませば」(企画・制作)や「平成狸合戦ぽんぽこ」(企画)と世間一般の人気作とは一線を画していた。その理由として、「映画とは繋ぎ方芸術だから、映画しかできない表現にこそ価値がある」という話をされ、俄然、興味をそそられた。小津安二郎や宮沢賢治を敬愛する辺りと通底する好みが感じられた。
そんな旅の余韻に浸りつつ、たまたま本屋で見かけたのが本書である。パラパラとページを捲って、まず目にとまったのが「ミツバチのささやき」、次いで宮沢賢治である。Kさんとは、ビクトル・エリセ監督の「ミツバチのささやき」についても話したし、Kさんが敬愛する宮沢賢治についても当然話題にしていた。次々と連鎖するキーワードに、何か面白い鉱脈を探り当てた感触があった。これは、買いだ!
前置きが長くなったが、読み始めるとなかなか内容の濃い本だった。大人には見えない超自然的な存在が子供には見えるという「ミツバチのささやき」(72)と「となりのトトロ」(88)には類似点が多数あった。導入部も酷似しているが、それは単なるコピーではなく、エリセ監督へのオマージュとして宮崎監督が引用し、その作品の価値を再構築したものだろうとある。「ミツバチのささやき」はスペイン映画であるが、そこに描かれている世界はキリスト教化される前のローマ時代以前に端を発する自然崇拝的な考え。「となりのトトロ」にも、大地や水や木や火といった自然要素への畏怖の念を再起させるメッセージが込められているという。
「宮崎アニメはエコロジカルである」という論を度々耳にするが、甚だ矮小化しすぎと著者はいう。もっと古い、二千年以上前の人と自然との相克を内包したものだというのである。さらに「風の谷のナウシカ」(84)のナウシカが魔女的資質を有することや、クライマックスで青き衣をまとったナウシカが黄金に輝く王蟲の触手に支えられて蘇るのは、中国の五行思想と関係があるという。万物は木、火、土、金、水の五元素から成り、互いに相生と相剋の作用を生じるというのが五行思想の考えで、例えば、木が火を生じ、火は土を生じ、また、水は火を剋し、火は金を剋す。青き衣をまとったナウシカは「木」、対する王蟲の黄金は大地の「土」。土から養分を与えられて「木」が復活したわけである。
この著作が最も頁を割いているのが、宮崎アニメの集大成と著者が位置づける「もののけ姫」(97)である。そもそも、「なぜ、宮崎アニメに五行思想が使われるようになったのか?」実は、宮崎駿が最も尊敬する宮沢賢治の短編「土神ときつね」の背景に五行思想が認められるという。また、森に棲む可愛らしい木霊(こだま)が「宇治拾遺物語」を題材にした「護法童子」という漫画に登場する「木の精霊」に似ていることや鹿のような姿をしたシシ神が一万年以上前のフランスの洞窟壁画「トロワ・フレールの呪術師」に似ているなど、「暗号」の数々が紹介される。その量にも驚くが、詳細な分析力にも圧倒され、且つ面白い。
宮崎アニメでは、自然と人との関わりが度々主題となる。しかし、明治期に入ってきたnatureの訳語しての「自然」とそれ以前の「自然」では大きく意味が異なる。自然を客体として人の外に置く「西洋科学的な自然」と人も内包すると考える「五行思想的な自然」。利便性や快適性と引き替えに自然を破壊し続け、自然(資源)の奪い合いで戦争を繰り返し、或いは傲慢さを増大させてきた人々。今、改めて人と自然の関係性に目を向けるべきかもしれない。
(新潮新書)
|