著者:浅田次郎
「幸せとは、懐かしさのなかにあるのではないか。ときおり、そう感じる。」
「地下鉄に乗って」の解説(吉野仁)の書き出しに、そんな文があった。本編を読み終えた余韻もあり、そんな一文にもしみじみと感動を覚えた。そういえば確かに、過去を振り返り懐かしんでいるとき、なんともいえぬ心地よさがある。
「楽しさや悲しさといったひとつの気持ちから生まれる幸福感や不安感ではなく、もっと複雑で矛盾した『懐かしさ』こそ、生きている証しとなる感情といえるかもしれない。」
そういえば、喜びや苦しみが津波のように押し寄せ、感情が複雑に入り交じり、心が引き裂かれるくらい波立った日々のことの方が、あとになっては懐かしく、生き生きと思い出されるものだ。
生きている瞬間瞬間はわき目もふらず精一杯生きて、幸福感はあとから、潮が曳いて浜辺に残る輝きのように届けられるものなのかもしれない。
本編のラストに、詩人になりたかった苦労人の社長の台詞がある。
「俺がおまじないしてやる。忘れろ、忘れろ、忘れろ…苦しみは片っぱしから忘れて行かないと、人間は生きちゃ行けない。ぜんぶ忘れれば、希望が残る。忘れろ、忘れろ」
現在、過去、未来を地下鉄に乗って行き来する日本版「バック・トゥ・ザ・フューチャー」である。
(講談社文庫)