12,july 2003
match
Yokohama Gateway−STUDIO
 
 

   gotoisamu

 世界には、2種類の人間がいる。テキトーにゴマ化すことが上手い人と下手な人。後藤はその両方をもっているように思う。つまりは、音楽しているときと音楽以外のとき。毎月のようにライブ活動をしていた昨年とは逆に今年はまるでない。match6も8ヶ月ぶり。「こんなに緊張するのも初めてくらい」というようなMCがあったが、僕は、あまり気にならなかった。「何を歌うのか?」「どういうアレンジでくるか?」そういうことが気になっていた。新調された鉄のギターも目を引く。見た目と同じく、ブリキの玩具のような音色は、今日の歌にとてもマッチしていて、僕は、楽しかった。指引きのアルペジオ・ギターと抑えたボーカルが折り重なり、シンと静まったスタジオを充満していく感じ。山田耕筰のカバーもあったけど、後藤作メロディの美しさは健在と思うた。
 
 

    es/yuka

 ライブ冒頭の「ビョークに音楽の原点がある」というMCを聞いて、僕は、なるほどと思った。風貌や表情、言葉遣い、空気感、いろいろなことから人の印象というのは伝わってくるけれど、僕は、yukaさんの持っている独特のパーソナリティとビョークがとってもマッチしているように思えた(ビョークをよくは知らないのですが…)。yukaさんは、旅先で歌を作ることが多いのか、沖縄や北海道やインドへ行ったときに生まれた歌のエピソードがあった。どことなく無国籍料理のような異国情緒。コンガを使ったりするせいもあるかもしれないけれど、その歌声はアフリカの民族音楽のように、音楽と生活、大地と祈りが一体化したような野性的な印象だった。だからだろうか、yukaさんが歌うと、場の雰囲気が一色に染まってしまった。MDやギター弾き語り、コンガやアカペラなど色々あって面白かった。
 
 

    石田健

 僕は、石田さんの歌う姿にある懐かしさを覚えていた。少年時代、福岡の片田舎に住んでいた頃のあのやわらかい空気。純朴で人を疑うことも裏切ることもない正直さと温かさ。そういう雰囲気をまといながらも、石田さんの歌は力強く、一言二言でいえば迷いがなく、覚悟があった。たとえば、ブルース・スプリングスティーンのように純朴で真っ直な歌。人間を当たり前に戻してくれるストレートな歌であった。恋人や家族に注がれる真っ直ぐな愛を、何の迷いもない歌にできるのは本当はスゴイことだと思う。普通っぽいけど実はへそ曲がりな僕から見ると、それがとても立派に感じられ、そういう人柄であり続けていることの奇跡を感じてしまった。サンキュー・ベリー・マッチ!
 
 
 
 
セッション(リハーサル風景)
 
ライブ・セッションは時間切れで演奏されなかったため、まさに幻のスナップになってしまった。
matchは、3人が慌ただしく入れ替わって歌うライブ・イベントなので、いつも何やら忙しい。
できることなら、もう少し、ゆったりと長く1人1人の演奏を聴いていたいと思う。
できることなら、ライブが終わったあとのアンケートもスタジオ内で5分でも時間をもらって書けたらと思う。
よりよいマッチになるように…。