古謝美佐子
沖縄のこころのうた
〜若夏の唄会〜
 ブームの「島唄」だったと思う。沖縄の唄を知った。「ウージの森であなたと出会い ウージの下で千代にさよなら」という歌詞に、南国の陽気な太陽の下に埋まっている悲しみを知った。戦争の犠牲者になった父を想う「さとうきび畑」の唄に涙がでた。本当に悲しいときこそ、笑いましょう。そんなメッセージに心が震えた。喜納昌吉&チャンプルーズやネーネーズを聴いてみた。「ナヴィの恋」(99)で火がついた登川誠仁や「涙そうそう」が大ヒットした夏川りみのライブに行ってみたりした。石垣島出身のビギンも原点回帰し、少しずつ沖縄の唄を歌うようになった。そんなとき、birdのカバーで「童神」を知った。やさしい温もりのある子守歌である。あるとき、YOU TUBEで「童神」を聴いた。birdとは別格の強いメッセージ。それが古謝美佐子。「童神」は古謝さんが孫の誕生を機に書いた詞だったのである。
 「若夏」とは、沖縄の言葉で6月の候の意味。詩的な表現だなぁと思う。ステージには、古謝さんがネーネーズ解散後のソロ活動以来のパートナー、佐原一哉(key)と中国琴奏者である姜小青の3人編成で、18時30分ぴったりに開演した。はじめの挨拶がウチナーグチで、ほとんど外国語のようでチンプンカンプンだった。唄もほとんどがウチナーグチなので、歌詞の意味がわからなかったのは少々残念だった。知らない唄ばっかりだったが、それなりに楽しめた。
 一番インパクトがあったのは、「黒い雨」という唄だった。母のこと、父のことを歌ったこの唄の中で、基地のことがでてくる。古謝さんが3歳の頃、父親は基地の車にひかれて亡くなっていたのだ。今でも飛行機の窓から雲を眺めていると、亡くなった父母を思い出すという。沖縄では人が死ぬと、その亡くなった年齢で天に逝くと考えるそうだ。「67歳で亡くなった母と28歳で亡くなった父が今、どういう風に会ってるの?」そんな風に話しながら、古謝さんは泣いていた。そんな母は、父なき後、女手一つで3人の娘を育て上げたという。皮肉にも、夫の命を奪った嘉手納基地で働きながら。なんと心の強い人だろうと思った。そうやって沖縄の人は、基地を受け入れてきたのだと思う。先日辞任した鳩山総理について、「鳩山さんは一つだけいいことをした」と佐原さんが言った。それは「沖縄県民を怒らせたこと」。もし自民党のままであれば、何事もなく辺野古へ移転していただろうが、今はムードが変わったという。
 途中で5分間の撮影タイムがあった。古謝さん自らが作った服装を見せてくれたのだ(下写真)。それからアンコールが楽しかった。会場からのリクエストに応えて歌うのだが、久しく歌ってない歌は歌詞がおぼろげ。歌えるかどうかわからないまま演奏がはじまり、ギリギリで何とか歌ってしまう姿がプロだなぁと思えた。
 ライブのあと、サイン会があった。小柄なのに大きくて温もりのある人だった。