三浦半島の東側に走水という海辺の町がある。そこは昔から、海苔の産地として栄え、今でも19戸の漁家が上質の海苔を生産している。少年時代、カレイ釣りに来たこともあったが、数年前、久しぶりに訪れる機会があった。案内をしてくれた椎名誠似の漁師Hさんに聞いて、海苔の旬が冬であると知った。寒い冬から桜の花が咲き終わる頃まで、海苔の季節がつづく。
6人が乗り込むと一杯という小舟に揺られながら、10分ほどいくと海苔の養殖場に着いた。近くに猿島、遠くには東京湾を行き交う大型船を眺めながら、である。その昔の海苔養殖は、浅瀬に竹竿を突っ立てる方法だったが、今は「流し網」がほとんどだ。1反ほどの面積の海面下5cmくらいのところに、網が広がっていた。「流し」といっても網は固定されている。水深20m。竹竿では届かない海の底に、今は錨が沈められている。
網の上に舟を進めていくと、すぐ下一面に茶色い海苔が見えた。船縁からのぞき込むと、1辺が10cm程の格子状の網に海苔がびっしりと生え、自ら泳いでいるように生き生きと揺れていた。
海苔の収穫も機械化が進んでいる。一般的には掃除機のようなもので海水ごと吸引し、海苔だけを採取する方法でやる。手で刮げ取るより遙かに楽な方法だが、最近では「もぐり船」を使う人が増えたそうだ。
「もぐり船」で海苔を収穫する風景は、なかなかユニークだ。ちょっとした観光になるくらい、間近に見ていてなかなか面白い。
船ははじめ流し網の端に来ると、「よーいどん」をするように網に対して直角に構える。そしておもむろにエンジンが唸ると、船は舳先についた棒で網をすくい上げながら、その下をくぐっていく。網は、船の頭上を前から後へ滑り、途中にある回転ブラシのようなものが海苔を穫っていく。全く、早い。10分もあれば、一日の収穫は終わってしまう。300〜800万円の設備投資が必要だが、ここ数年で組合の半分が「もぐり船」方式に変えたそうだ。
「海苔は細胞分裂が早いからよ」と年寄りの漁師が言っていた。その言葉のとおり、収穫して10日もするともう10cmほど伸びて、また収穫できるそうだ。
収穫された海苔はただちに加工される。洗浄、裁断、面状に広げて約2時間乾燥させると、お馴染みの「乾燥海苔」ができあがる。できたての海苔を口に入れると、磯の香りがぷーんと広がり、ほんのり甘みがあった。「0.015%の塩が効いている」という。さらにこれを焼いたら、磯風味はさらに何倍も強くなり、思わず腹の虫が鳴ってしまった。
海苔の敵は何か、案内人の漁師Hさんに訊いてみた。
「1月のボラだ。黒鯛や鴨も海苔を食らうが、ボラが一番悪い」椎名誠似のHさんはそう言って、海を見た。海苔は9月に張る「一番網」で獲れたものが一番いい。その極上海苔を漁師より先に食べるのがボラの大群なのである。ボラが出る時期は、流し網の下にもう1つボラ避けの網も張るため、収穫の度に張りかえ作業が手間なのだ。「何かいい対策はないだろうか」漁師泣かせの魚である。
「今度は、一番海苔の頃に来な」とHさん。
ボラ退治も考えておいてくれよ、と忘れないのが流石、漁師であった。