いつ松本隆さんを知ったのかよくわからない。松田聖子の「風立ちぬ」(81年、作曲:大瀧詠一)や「赤いスイートピー」(82年、作曲:呉田軽穂)の頃は、誰が作詞かなんて気に留めてなかった。僕の場合、メロディ、ハーモニー、リズム(音楽三要素)に偏った聴き方をしているので、歌詞もわからず洋楽を聴くのと同じように、日本語の歌も「音」で聴いている。そんな聴き方でも、なにかの拍子に言葉がメロディやリズムにのって鼓膜を震わせ、心に響くことがある。松本さんに強いシンパシーを感じるようになったのは、ここ10年くらいだろうか。テレビのインタビューでみた話し方が好きなのだ。ちょっと恥ずかしそうな優しい口調、柔らかな表情の内に妥協を許さない強い信念を秘めている、そんな人柄に惹かれた。「君は天然色」(81年、作曲:大瀧詠一)にまつわるエピソードもそのインタビューで知った。カミさんが大の大瀧詠一ファンということもあり、僕も数十年に渡って繰り返し聴いているが、美しいラブ・ソングくらいの軽い気持ちで聞き流していた。その大瀧さんは、2013年、65歳の若さで急逝した。カミさんのショックは大きく、僕も改めて大瀧さんのCDを聴いたりしていた。そうやって長きにわたり繰り返し聴いている歌詞の中で、「想い出はモノクローム 色を点けてくれ」というフレーズが、心の片隅にひっかかっていた。作詞した当時、妹の死のショックで、松本さんは視力に異常を来し、一時的に色を失っていたという。モノクロームの世界に色を点けてくれという切なる想いが「君は天然色」という歌なのだと知って、衝撃を受けた。男女のラブソングを歌っているのに、実は兄妹愛のことでもあり、聴く人によって様々な受け取り方ができる歌詞の世界の奥深さに感動した。「松本隆のことばの力」という本の中に、次のような文章(抜粋)がある。「紙の上に『私は悲しい』と文字で書いたりすると、意味を限定することになる。『悲しい』のまわりにはもっと他の感情もきっとあるはずなのに。『私は不幸だ』と繰り返し言う人は本当にどんどん不幸になる。ぼくが作る詞においては、不幸だと暗示をかけるのではなく、getting betterだんだんよくなるよ、ということを言ってあげたいと思っている。」。根っこにあるこの想いが多くの人に時代を超えて愛され続ける所以なのだろう。
 ライブに行くのは、コロナ前のU2(2019年12月)から2年ぶりである。今年行く予定だったクレイジーケンバンドや斉藤和義の公演は中止になり、その後は自粛していた。前回の「風街レジェンド2015」はカミさんだけ行ったが、今回は僕も一緒に行くことにした。まだコロナ対策中なので、座席は間隔があけてあり、窮屈でなくてよかった。その分、チケット入手は難しくなったに違いない。今回のチケットも抽選にハズレてしまい、リセールで何とか手に入れることができたのだった。会場へ行くと、さすがに高齢なファンが大部分だったが、中には若い人もいてファン層の厚みを感じた。2日間のみのライブは日によって出演者が違っていた。第一夜がヒット曲、第二夜は玄人好み、というような選曲だったようだ。平日は仕事が入る可能性もあったため、第二夜を観に行った。知らない歌もあったし、懐かしい歌もあったり、オリジナルだったりカバーだったり多彩さが楽しめた。中川祥子はオリジナルの「綺麗ア・ラ・モード」を歌い、彼女の言葉でどんな風に松本隆を褒めちぎるのか楽しみにしていたが、残念ながらMCはなかった。饒舌な畠山美由紀もMCはなし。さかいゆうは全く知らなかったが、山下達郎の「いつか晴れた日に」のカバーがすばらしく、この歌を再発見できた気がした。彼は2曲歌ったのだが、松田聖子のカバー「SWEET MEMORIES」を原曲とは全く違うブルース調のキーボード弾き語りで熱唱し、こちらも聴き応えがあった。南佳孝の「スローなブギにしてくれ(I want you)」(81)は、当時も大ヒットした名曲だが、今聴いても廃れない輝きがあった。そして誰よりもインパクトがあったのは、松田聖子のカバー「ガラスの林檎」を歌った吉田美奈子だった。この人も僕は知らなかったが、松本さんとは古くからの友人らしい。原曲とは全く別物の歌ではあったが、もの凄い迫力だった。すでに、終演予定時刻を大幅に過ぎていたが、クライマックスにはっぴいえんどが登場した。前回の「風街レジェンド」ではなかったようだが、今回は、松本さんもドラマーを叩くというので、本人も猛練習をしたらしい。残念ながら大瀧さんはいないので、代わりに鈴木慶一が加わって、「花いちもんめ」、「12月の雨の日」をやり、ラストナンバーが「風をあつめて」だった。ボーカルの細野さんがギターを弾き、ベースを鈴木茂が弾くという珍しい編成だった。ギターのイントロで一気に引き込まれた。この歌は世界中の人がカバーしていて、それぞれ結構いいのだが、やはり細野さんがほのぼの歌うのが一番いいなぁと思いながら、じっくり堪能した。2時間半を予定していたライブは、3時間半にもなった。実にすばらしい一夜だった。ライブは一時のことだけど、でも、きっと何度も思い出し、何度も話題にすることだろう。
 ライブの数日後、だいぶ前に買っていた「プロデュースの基本」という本を読み始めたら、松本さんのことが書かれていてタイミングの妙を感じた。著者の木﨑賢治氏はかなり有名な音楽プロデューサーらしく、僕は全く知らなかったが、プロデュースした楽曲はたくさん聴いていた。例を挙げれば、アグネス・チャン「ポケットいっぱいの秘密」(作詞:松本隆)、沢田研二「勝手にしやがれ」、大沢誉志幸「そして僕は途方に暮れる」、槇原敬之「どんなときも。」、最近では、BUMP OF CHICKENやTRICERATOPSの曲も多数手がけている。これらは極々一部に過ぎず、膨大な名曲を量産した方である。松本さんのことは、有楽町のカフェで初めて会ったときのことが書かれていた。歌謡曲の歌詞をつくりたいという松本さんの希望を聞いて、木﨑さんが「アグネス・チャンの詞を書いてみる?」ってところから「ポケットいっぱいの秘密」が誕生し、当初アルバム用の歌だったのが、出来がよかったのでシングルカットされ、松本さんの最初のヒット曲になったという。さらに面白いのは、当時全く無名だったキャラメル・ママに演奏を頼んだところ、偉いプロデューサーから「こんな素人集めて何やってんだ」と怒られたのだそうだ。キャラメル・ママのメンバーは、細野晴臣、鈴木茂、マンタさん(松任谷正隆)、林立夫である。ネームバリューにこだわらず、いいと思ったからやるというのが、木﨑さんのポリシーであり、結果的にこの人達が日本の音楽シーンに大きな功績を残すことになるのだから、木﨑さんの審美眼は確かである。
 本の帯のところに糸井重里氏の推薦文があって、「こんなにまるごと役に立つ本は、ちょっとなかったと思うよ。100冊買って社内で配ります。」と書いてあるが、その通りの本といっていい。共感する部分がたくさんあったが、1つだけ挙げるなら次の1節である。「人間はクリエイティブな人と、ポリティカルな人に分かれますね。クリエイティブな人は、人を上下関係で区別しない。だから、上の人に必要以上の気を遣って敬語ばかりで話したりしないし、下の人に威張ることもありません(中略)。過去に何をしたかより、今、あるいはこの先に何をするかに興味がある人がクリエイティブな人です。」僕もクリエイティブな人でありたいなと思う。
 


♪風街オデッセイ2021
~松本隆作詞活動50周年記念オフィシャル・プロジェクト~
日本武道館
2021年11月6日(土)17:30-21:00/2階西L列47番

出演者:安部恭弘、伊藤銀次、稲垣潤一、EPO、クミコ、小坂忠、さかいゆう、杉真理、
鈴木慶一、鈴木茂、冨田ラボ・冨田恵一、中川祥子、中島愛、畠山美由紀、
ハナレグミ、林立夫、藤井隆、星屑スキャット、細野晴臣、堀込泰行、
松本隆、南佳孝、吉田美奈子