そのとき、電話が鳴った。
「ねぇ、今から一緒に散歩しない?」
彼女の陽気な声が耳元で弾んだ。
「今から?別にいいけど。」
僕は、本心とは裏腹に、どうでもいいように言った。
彼女とのつき合いも2年になる。中学3年のときのクラスメイト。出席番号が近かったことで親しくなった。すぐに高校受験の季節を迎え、僕と彼女は同じ進学校を目指した。担任の先生にも友達にも合格は厳しいと言われていたが、彼女と一緒の高校に行きたい一心で猛烈に勉強し、高得点で合格して周りを驚かせた。
入学してからは別々のクラスになったけど、家が近所だったので、毎日一緒の電車で通った。彼女はバスケット部に入っていたので、部活の日は別々に帰ったが、そうでないときは一緒だった。
ときどき鎌倉に寄って浜辺を歩く。二人にとって至福の場所、至福の時間だった。
そんな二人が、この2ヶ月、一度も会ってない。
彼女に彼氏ができた、というのがその理由だったが、真実はそうではなかった。彼女が部の先輩に交際を求められ、どうやって断るかの相談を僕にしてきたことに、勝手に僕が腹を立ててしまっただけなのだ。単なる僕の嫉妬。まったく一方的なひとり相撲だった。本当は何もなかったように彼女に接したいのに、どうしても素直になれず、それでいて淋しくて仕方なかった。そんなような事情だったから、この日、彼女からの電話は願ってもない誘いだったわけである。
江ノ電で鎌倉高校前駅まで来ると、ホームで彼女が待っていた。
2ヶ月会ってなかったことがずいぶん昔のように懐かしく感じられた。
国道を横切り七里ヶ浜に降りると、彼方に傾いた日射しが二人の黒い影を長く映し出す。裸足になって波打ち際を歩きながら、学校での出来事やテレビドラマのこと、最近読んだ小説のことなどを話し合った。
二人の足跡が点々とついては、青い波が押し寄せてきれいに洗っていく。
突如、彼女の顔が僕に近づいてきた。
「わたし、学校変わるの。来月から、東北の高校に転校するのよ…」
予想もつかない言葉にぶたれた僕と彼女のうえを、鳶が旋回しながら空高く舞い上がっていった…。
「絶対に、見送りに来てね!」と彼女が泣いた約束の日、僕は鎌倉にいた。
「もう、そろそろ列車が発車する頃だ。」
そう呟きながら、腕時計の針を見た。
彼女の想い出がいくつも思い出されるのかと思えばそうでもなく、ただぼんやりとたそがれた風景が目に映るだけで、特に悲しくも淋しくもなかった。ただ、11月の冷たい風を冷たく感じるだけだった。
「かまくら・たそがれ。」
今でも僕はときどきこの浜辺を歩きながら、あの日に還っていく。
どうしてもさよならが言いたくなくて、見送りに行けなかったあの日に。