JOAO GILBERTO
 
Japan tour 2003
 
9.12 東京国際フォーラム
 
 
 
 1931年6月10日、ブラジル北東部バイーア州ジュアゼイロ生まれ。本名、ジョアン・ジルベルト・プラド・ペイレラ・ヂ・オリヴェイラ。今年、72歳にして初来日。4日間の公演のうち、この日が2日目。ボサノヴァを創った人。
「ボサノヴァという音楽はない。ジョアンその人がボサノヴァなのである」
「ジョアンはボサノヴァであり、また遙かそれ以上の存在である」。
たびたびそういう形容がされるほど、ジョアンは、神秘的で、神様のように言われている。
 
その「人」が、開演時間になっても現れないので、さっきから場内アナウンスが頻繁に流れている。
「演奏者の到着が遅れていますので、もうしばらくお待ち下さい」
何かの本で読んだが、ジョアンはかなり神経質な人で、完璧なライブができる条件がない限り公演は行わないという。今まで来日公演がなかったのも、彼自身のコンディションを含め、ブラジルから遠く移動してのライブは難しいということで実現しなかったようだ。
また、ライブをドタキャンすることもたびたびあったそうで、あるときは、履いてきた靴下の色が左右で違っていたのに気付いて中止したというウソのような逸話も残っている。まるで奇人変人かのようなエピソードも数多いようだが、それは、音楽に対する想いが常人の想像を遙かに超えているからで、音楽に対する完璧なこだわりが、そうした逸話を産み、そして、美しすぎるほどの「ボサノヴァ」を創ってきたということなのであろう。
 
さて、アナウンスは、繰り返す。
「携帯の電源は、お切り下さい」
「演奏中は、立ち歩かないようにしてください」
これくらい何度も何度も注意を促すライブも過去に例がない。
もしや主催者は、ジョアンがドタキャンしたり、途中で中止しないか未だに心配しているのでは…。
 
開演時間より遅れること50分。照明が消えて、ステージの真ん中だけがポウッと明るい。そこへ、ステージの左袖より、72歳のジョアンがギターを持って現れた。満場の拍手のなか、椅子に腰掛けて、始まった…。
1曲、2曲、3曲…。そろそろMCかと思うが、4曲、5曲…。1つ曲が終わると拍手があり、それをジョアンはうつむいたままじっと聞いている。拍手が静まるとすぐに次の演奏が始まり、終わると拍手。ずっとその繰り返しである。
その「声」は、CDで聴くのと同じである。60年代に録音された声と同じとは、驚くべきことかもしれない。
その「ギター」は、神業と言われている。双眼鏡で覗いてみると、右手が親指のほかはまるで動いてない。ギターホールのところにちょこんと添えてあるだけのようだ。ジョアンのギターは、複数の指がほぼ同時に異なる弦を爪弾くことで、リズムとハーモニーを一つにし、しかも、微妙に指先でミュートや強調する音を選び、メロディを引き立たせているという。その感覚は誰にも真似できないもので、「マジック」ともいわれる所以なのだそうだ。
声とギターが、まるでハミングのように優しく心地よくホールいっぱいに響いている。それでいて、なぜか、すぐ耳元でささやかれているようにも聴こえる「魔法の音」。
 
休みなく演奏が続いている。曲、拍手、曲、拍手…。一度、退場した。かと思うとすぐに現れて、第2幕になった。知らない曲も多かったが、最後の方では「デサフィナード」があり、ラストが「イパネマの娘」だった。名曲の名演に拍手が鳴りやまず、堪りかねてジョアンが立ち上がってペコンとお辞儀をするシーンも何度かあった。休みもなく、一滴の水も飲まずの2時間10分だった。
 
ボサノヴァの創造主、ジョアン・ジルベルト。
ただただその音楽を静かに愛し続け、歌い続ける人。彼を取り巻く世界は、この半世紀に目まぐるしく騒々しく変転してきたが、彼だけは相変わらずその音楽を静かに愛し、静かに歌っている。ただそれだけのこと。そういうことは、常人にはできないことである。次から次へと生み出される流行音楽も悪くはないが、もう一度静かに、彼の音楽にひたってみたくなった。たぶん、聞き漏らしているいろいろなオーケストラが彼の指先が奏でるギターと声のハーモニーの中から聴こえてくるに違いない。