|
「我的弱肉強食論」
唐の文人、韓愈(768−824)は、儒学を尊ぶ一方、豪放な作風の詞を残した。その韓愈の言葉に、「弱之肉は強之食なり」というのがある。自然の摂理と思う。
2003年11月25日、朝日新聞の社説から一部を引用する。
…名古屋市の勇樹ちゃんが出血性ショックで4歳の命を閉じたのは10月19日のことだ。18歳の男子高校生が30分ものあいだ、わが子に暴力を振るいつづけたのに、彼と交際していた母親は止められなかった。高校生に殴られるようになった夏ごろから、勇樹ちゃんは周囲の大人たちに助けを求めるさまざまなサインを出した。ひとりで埼玉県に住む祖父のもとへ行こうとリュックに着替えを詰めて家を出て、駅の職員に保護されたこともある。事件は社会の関心を呼び、私のもとにも、4歳の孫がいる男性から手紙が寄せられた。「だれひとり家出という特異な危険信号を受け止めてやらなかった。勇樹クンの心を推し量ると涙が止まりません」…
通勤電車の中、この記事を読んでいて、私は息が止まってしまった。真綿で首を締め上げられているかのような息苦しさだった。手紙を書いた文中の男性と同じように、全くいたたまれない気持ちだった。4歳というと、幼稚園の年中さんだ。言葉もだいぶ覚え、友だちや親とも楽しくお話ができる。絵本を見たり、歌を歌ったり、公園で遊んだり、すべてが新しい発見の連続で、人生でもっともエネルギッシュなときであろう。あふれる好奇心は、疑うことも恐れることも知らず、すべてに手を抜かず、眠りにつく瞬間までパワー全開で駆け回るときである。僕は、かつて自分もそうだったように、そんな風に自由奔放でいる子供たちが大好きだ。確かに世の中、そんなに甘くはない。しかし、4歳の子供は、それでいいのだ。大人に気兼ねしたり、ご機嫌をうかがったりせず、本能のまま精一杯毎日を生きればよいのだと思う。何事にも思いっきり。大声で笑い、大声で怒り、大声で泣く。それが4歳の子供の「おしごと」なのだ。
その4歳の両親は、不幸にも離婚した。それだけで十分すぎるほど勇樹くんにとっては悲しい出来事だったであろう。にもかかわらず、今度のパパの代わりは、高校生だ。一体、どんな高校生だったのだろう?その母子をどう思っていたのだろう?残念ながら、4歳の子供は、やはり、4歳の子である。どう努力したところで、生きる力は弱い。とても残念なことだが、やはり、大人の助けがなければ生きてゆけない。自分の生命を自分の力で維持できないのだ。残念なことに、弱い存在なのだ。一方、勇樹くんの命を奪った高校生は、違う。その気になれば、自分で生きてゆく力がある。いくら稚拙で「大人」には程遠いとしても、4歳の子に比べれば圧倒的な力をもった存在だ。その強者が弱者を一方的にやっつけた事件なのである。
4歳の勇樹くんは、なぜ父親を失い、なぜこの「大きな子供」に痛めつけられ、なぜ母親が助けてくれないのか、全然理解できず、それでも何とかしようと勇気を出して、自分のリュックに着替えを詰めて、たった一人の血のつながった祖父を訪ねて行こうとしたのだ。その祖父が住んでいるのは埼玉である。名古屋から埼玉まで行くのは、10歳の子供でも大変だろう。でも4歳の勇樹くんは、そういうこともわからず、電車に乗ろうと思ったのだ。自宅の玄関を出たとき、一体、どんな気持ちでいたのだろう?駅まで歩いているとき、どれほど心細かっただろうか?お腹も減っていただろうし、足も疲れて痛んだんじゃないだろうか?全身のアザが痛んだかもしれないし、それ以上に傷ついた心は大人には想像できないくらい痛かったんじゃないだろうか?もし、心細く駅でたたずむその子に偶然逢っていたら、「どうしたの?」ってきいてあげたかった。きっと、その子は、僕に恐怖を感じたかもしれない。そしたら、ただ笑って、手を握ってあげたかった。そんなに辛い目に遭うくらいなら、自分の子として生まれてきて欲しかった。そんな辛い目に遭わしている社会を、自分たち大人が作っている。難しい社会になっていると思う。
3種類の人間がいる。他人のためといいながら、相変わらず自分のエゴを通している人間。或いは、最初から他人のためなんて考えない人間。それらが混ざった人間。「共存共生社会」というが、理屈とは程遠い現実がある。毎朝、働きにゆくラッシュの波の側で働かない人が横たわっている。避けて通るしか何もしない自分もまた、日々過ごしている。勝てば官軍に違いない。勝たねばならない。「弱肉強食」である。自然の摂理だ。大事なことは、誰が勝つかだ。どういう心をもった人間が勝つかだ。自分に負けた人間は、弱い者の肉を食う。02年の虐待相談の処理件数は2万4千件で、5年前の3倍になった。
幕末の志士、高杉晋作の辞世の句を思う。
「面白きこともなき世をおもしろく 住みなすものは心なりけり」
|