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「ヒトラー〜虚像の独裁者」
著者:芝健介
ナチス・ドイツ研究の第一人者による評伝らしい。本の帯にあった「悪魔か凡人か」に興味を駆られて手に取ったのだが、イスラエルのガザ侵攻がジェノサイドの様相を呈していることも無関係ではない。ホロコーストで地獄をみたユダヤ人が、同じことをアラブ人にしている現実をどう理解すればいいのか。ユダヤ人を危険視し、絶滅させようとしたヒトラーは、本人がいうように「予言者」だったのか。勿論、そんなことはない。しかし、何故人間は同じ過ちを繰り返すのか、そもそもヒトラーのこともよく知らないと思って読んでみた。
ヒトラーはオーストリア生まれのオーストリア人である、というところから、彼の生い立ち、親子関係、第一次世界大戦での敗戦体験、反ユダヤ主義、ナチ党、ホロコースト、そして拳銃自殺までが膨大な史料に基づき丹念に書かれている。客観的事実が克明に記述されているため、少々退屈な部分もあるが、ここまでの史実を知ってから読む最後の第6章が俄然面白い。いまだに研究が続くヒトラーの実像について、様々な角度から解き明かしていく。
戦後のヒトラー研究は、ヒトラー本人の役割を重視する「意図派」とナチの体制を重視する「機能派」に分けられるそうだが、1998〜2000年に刊行されたイアン・カーショーの「ヒトラー」(上下巻で2300頁)では、「意図派」「機能派」という二者択一ではなく、ヒトラーのカリスマ性を受け入れた民衆、ドイツ国民が鍵となるとしている。戦前(1939)の演説でヒトラーは、「700万人もの失業者を残らず再び有用な生産に組み入れ、1919年に奪われた地域を取り戻し、数百万のドイツ人を故郷に帰還させ、これらすべてを血を流すことなく成し遂げようと努力した」と自らの業績を主張したのだが、多くの国民は驚愕し、魅惑され、彼を支持したようである。ユダヤ人を排除し、今まさに戦争に向おうとしている危機的状況であったにもかかわらずである。その一方で、ヒトラーの虚偽に気付く者もいた。「白バラ」抵抗運動の中心メンバーだったショル兄妹である。「ナチズム運動は、その最初の萌芽から国民同胞を欺くことを必須としていた」というビラが残されている。兄妹は大学教員の密告により逮捕され、わずか4日後の裁判当日に処刑されたが、密告した大学職員は学生らに称えられたという。
これは過去の話だろうか、と思う。ホロコーストの犠牲者となったユダヤ人の国・イスラエルは、2023年10月、ハマスからのミサイル攻撃から自国を守るという大義名分でガザに侵攻し、ハマス壊滅という名目で人道支援さえ妨害し、圧倒的な戦力で多くのアラブ人を集団虐殺に追い込んでいるが、多くの国民はネタニアフを支持している。「過去に目を閉ざす者は、結局現在に対しても盲目になる」という1985年のヴァイツゼッカー独大統領の演説は、この世界から完全に忘却されてしまったのだろうか…。
ヒトラーは悪魔か凡人かとの問いに対する読後の率直な感想は、英雄や救世主を求める民衆と共に創り上げた虚像を演じきった悪魔的な人物というところだろうか。決して、凡人ではないと思える。近年、ドイツ語圏では、ヒトラーに関するサイトが1100万件にも及んでいるそうだ。週刊誌「シュピーゲル」の表紙をヒトラーが飾った回数は、1960〜1980年の30年間で8回、1990年代の10年間では16回に増えている。1992年の世論調査では、「ユダヤ人迫害について、過去と一線を画すべき」に賛成が62%、「ドイツ国民は、ユダヤ人に対して特別な責任を有するか」には反対が42%で賛成を上回っている。これは、ドイツ特有のことではないと思う。
最後に著者が「おわりに」で述べていることを引用しておきたい。「無数の犠牲を生み出したのは、まさにヒトラーの一党独裁と戦争、破壊への意思だったが、それを支えた重大要因は、指導者原理にがんじがらめとなり、自らのあらゆる責任を放擲した軍やドイツ国民の盲従、たたきこまれた服従心と根深い道徳的崩壊にあったことを、本書の最後に確認しておきたい。ひるがえって日本の私たちがかつて突き進んだ道も『滅私奉公』の道であったことを、いまこそ思い起こす必要があるのではないだろうか」。
(岩波新書)
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