秋のゴンチチ2011
〜humble music〜


2011年10月1日(土)
 第1部 16時30分〜17時20分
 第2部 17時35分〜18時40分

東京グローブ座 1階E列30番

 新大久保駅を降りると、若者の多いことにまず驚く。さらに輪をかけて外国人も多い。中国、韓国、中近東…、総じて日本人より賑やかだ。スーパーマーケットや焼き肉屋にも外国人経営者のお店が雑然と立ち並ぶ商店街を抜けると、そこだけが異国のような静かな一角があった。東京グローブ座。わざわざ「東京」とついてるのは、ロンドンにあるグローブ座に遠慮してのこと、というより、シェイクスピアが活躍した本家を模した外観は、ここ東京からもシェイクスピア作品を普及していこうという基本方針のシンボルなのである。屋根の高い円形劇場は、演者と観客が1つに包まれるような一体感があって、居心地のよい空間になっていた。ここにゴンチチは合うだろうな、と期待が高まった。

 名曲「ドリーム」の音楽とともに、ゴンザレス三上&チチ松村が登場。シンプルなギターだけの音色が響く。なんて美しいんだろう。至福の音楽は、至福の時をもたらしてくれる。ゴンチチの音楽は聴くとすぐにわかる彼らにしかない音がある。ナイロン弦をピックで弾くことによる強く透明感のある音(ゴンザレス三上)とスチール弦を爪弾くことによる滑らかなバッキング(チチ松村)と、ありそうでない美しすぎるメロディ。それらが融合して、他とは一線を画す「地球一快適な音楽」を生み出しているのだ。

 やっぱり、ライブに来てよかったと思いつつ、耳を澄まして、ギターのハーモニーに心をゆだねた。心の隅々まで澄んでいくような時間が流れる。「きれいなメロディーですね〜」と曲が終わるとチチ松村が解説する。彼ら自身が彼らの音楽を愛してるのがよくわかる。幸せなことだと思う。それを聴かせてもらえる僕らも幸せである。音楽を好きでよかったと思う。音楽のある生活が、人生を豊かにしてくれている。

 今回は、桑野聖カルテット(バイオリン2、ヴィオラ、チェロ9、藤井珠緒(パーカッション)、一本茂樹(コントラバス)との共演もあった。個人的には歌ものの方が好きだが、ゴンチチの場合はなくてもよい。ギターの旋律だけで十分な気がする。「夕暮れの入り口」、「春蝉」、「コロガルウズラノタマゴ」といったタイトルを聞けば、言葉がなくてもその風景が浮かんでくる。今回の「humble music」とは、「ささやかな音楽」の意。二人が出会って33年。もう数年で還暦という二人の音楽も若い頃とは違って、手数やアグレッシブさが薄れ、一番気持ちいいツボしか押さえない、そんなシンプル・イズ・ベスト的な曲が集まった今回のアルバム、そしてライブ。MCで震災のことにも少し触れ、改めて「日常」の大切さを考え、そんな日常に寄り添う「ささやかな音楽」を創っていこうと、今のゴンチチの決意表明があった。

 震災で日常を失った人がたくさんいる。新聞を開けば、昨日と同じような名前の事件や事故でやはり日常を失った人がいることを知る。ぼんやり過ごしてたら見失ってしまうほどのさり気ない日常。ふと、家の犬の顔を見ているうちに、気持ちがリセットされたような気がした。人生はやり直しのきかない一方通行路だけど、気持ちのリセットならできる。ちょっとした工夫次第で、きっとできるに違いない。「ささやかな音楽」を聴きながら、そう思うのだ。