「エッセイ」
 
 
 ノートを鞄から取り出すと、真っ白いページを開いて、彼はシャーペンを2度ノックして構えた。そして、何か書き出そうとして、もう30分以上もそのままじっと動かない。彼はぼんやり窓の外に目を向けながら、S駅前通りを行き交う人たちを眺めていた。
 「チリリン!」
そのとき、ティー・ルームの扉が開き、彼女が現れた。
真っ白いTシャツに紺色のジーンズ姿で、彼女は窓際の彼を見つけて、ペコリと会釈した。彼の方も彼女の姿を見て、ニコリと笑いかえすと、遅れてきたことを責めもせず、自分の隣の席に彼女を誘った。
 彼と彼女は1歳違いの同世代だった。といって、学校の同級生でなく、職場が一緒というわけでもなく、ひょんなことで知り合ったふたりだった。
 
 それは、ある夏の爽やかな雨上がりの朝のことだった。
彼は、かねてからひいきにしていたバンドのコンサート・チケットを買うために、L町のチケットぴあに来ていた。その日はいつもと違って客がなく、自分の前にたったひとりいるだけだった。そんなことは珍しいことなので、本当にここに並んでいていいのか不安になり、先に並んでいた人に尋ねてみると、彼女もその日の客の少なさに驚いている様子だった。
 彼女がしゃがんで文庫本を読んでいたので、彼は持っていた新聞広告を出して、彼女に勧めた。
「どうも、ありがとうございます」と、彼女も素直に受け取ると、広告の上に座った。
「たぶん、同年代ですよね?」と彼女が話しかけてきたので、彼の方が少し驚いてしまった。というのも、彼は近頃年齢より年上に見られることが多く、ときには10歳も上に見られてしまうのだった。なのに、見るからに若い彼女からそう言われたのだから、びっくりするのも無理はなかった。しかし、実際に生まれ年を訊いてみると、1歳違いの同年代だった。
「どうして?」と彼が訊くと、「だって、私が地べたに座らないと思って、敷物をくれたんだもの」と彼女は答えた。
「そういえば、近頃の若いのは、どこでも地べたに座るジベタリアンだからなぁ」と彼も何となく納得した。
 そんな風にして開店までの1時間余りを、音楽や映画の話をしながら過ごしたふたりは、分かれ際に互いの携帯の番号を交換したのだった。
 
 最初に電話をかけたのは、彼女の方だった。
「今度、映画見に行かない?私、見たいのがあるの」と彼女は言った。
「うん、いいよ!」と彼も一緒に行く約束をした。
 流行りのロードショーを見たその帰り、海辺に面したY公園で、ふたりは初めてのキスを交わした。
本当のファースト・キスだったから、唇がそっと触れ合っただけで全身が溶けてしまうような気がした。
 その次の日曜日には、TDLの隣にできたばかりのイクスペリアに行って、その帰り道に早くも…。
 
 そこまで書いたところで、彼はシャーペンを置いた。
相変わらずS駅前通りには、たくさんのカップルが肩を並べ歩いていた。
そんな風景をぼんやり眺めながら、彼は、原稿用紙4枚くらいの簡単なエッセイを書き終えたのだった。