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「大放言」
著者:百田尚樹
岡田准一主演の映画「永遠の0」(13)には心揺さぶられたし、百田氏の原作もなかなかの力作だった。放送作家である百田氏は今作で作家デビューを飾り、その後、出光興産創業者をモデルにした「海賊と呼ばれた男」で本屋大賞を受賞している。一躍人気作家になったものの、歯に衣着せぬ発言が度々物議を醸し、次第に新聞やマスコミのバッシングを受けるようになった。ネットでも炎上を繰り返している。発言の一部を読むと、確かに品性に欠けるものが多く、百田氏の人間性に対してかなりのマイナス印象を持たざるを得ない。著書もすっかり読む気がしなくなってしまった。そんな中、本屋で新刊「大放言」を見かけ、「バッシングを逆手にとって、さらに大儲けか?」と半ば呆れ、とても読む気になれなかったのだが、何度か本屋で目にするうち、こっちの気が変わった。もしかしたら、百田氏なりの言い分があるのかもしれない、と。
「まえがき」にある。「かつて放言は一つの文化だった。放言は、常識に対するアンチテーゼであり、現状における問題提起であり、過激な提言であった。またしばしば毒舌的であり、ユーモラスで知的な面もあった。」なるほど、その通りかもしれない。しかし、と続く。社会は寛容さを失い、ちょっとした言葉遣いのミスや行き過ぎた表現に対し過剰に反応し、メディアや世論が一斉攻撃する風潮が出来上がってしまった。「言葉の一部分だけ取り上げて、悪意を持って曲解し、敢えて大問題にしてしまうケースもある。」百田氏は身をもって体験したのだろうが、この辺り、僕も常々由々しきことと思っていたので、意外にも共感してしまった。
本文に入ると、主張の多くは、真っ当なことだった。例えば若者の離職率が三割を超えていることについて、「好きなことをするのは、金を払う時である」といい、コスパが悪いから結婚しないという若者には、「そんなことを言いだしたら、お前の人生自体、この社会から見たら、ろくなコストパフォーマンスじゃないぞ。」という。勿論、違う意見の人もいるだろうが、人生の先輩が駆け出しの若者に対して、これくらい厳しいことを言っても全く問題ないと思う。むしろ近頃は、言葉尻をとらえて差別やハラスメントと訴えられるのを避けるがためか、単に面倒くさいのか、或いは関心がないのか知らないが、当たり障りのない「大人の対応」で済ます人が増えていて、その自己保身的な姿勢こそ胸くそ悪いのだが、厳しく本音を語る言葉の裏にある「愛」がわからないようでは、もはや手の施しようがないかな…。
最終章は、数々の問題発言について、百田氏の言い分が書かれている。「人間のクズ」「東京大空襲は大虐殺」「南京大虐殺はなかった」「ナウル・バヌアツはクソ貧乏長屋」「日教組は日本のガン」「九条信者を前線に送り出せ」「土井たか子は売国奴」などなど、いずれもインパクトのある暴言(放言)であるが、発言した状況、前後の話、マスコミの取り上げ方などを読むと、これら汚い言葉の印象がかなり違ってくるから面白い。
ふと、学生の頃に読んだ柳田邦男の著作を思い出した。たとえ事実を書いても真実を伝えてないことがある、というような主旨だったと思う。最近の風潮は、やたらと即時性を追及する半面、例えていえば週刊誌の見出し程度の断片的事実だけを追いかけるばかりで、深く読み込んだり、幅広く知ろうとはせず、「らしい」程度の情報で集団ヒステリーになっているような気がしてならない。ちなみに冒頭で紹介した「永遠の0」に対しては、「戦争を美化している」とか「右傾化小説」といった批判もあった。僕個人はそういう印象は全くなく、戦争の悲しさ虚しさに打ちひしがれ、今在る平和に感謝し、この先も戦争は絶対に回避するよう全力知力を尽くさねばという気持ちになった。どう感じるかも、人それぞれの自由でいいのだけど…。
(新潮新書)
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