「今朝読売新聞で広告が出ていたんだけど、4月19、20日国際フォーラムホール、22日にパシフィコ横浜になんと!CHICAGOとHEUY LEWIS AND THE NEWSがジョイントコンサートをします!!S席14000円、A席13000円です。行かない?」と、高校時代以来の友人Kよりメールが届いた。もちろん、行こう!とすぐに返信を書いた。
 Kと僕が同じ高校で机を並べていた頃、ヒューイ・ルイスは、セカンドアルバム「ベイエリアの風」で有名になりかけていた。失業中のミュージシャンを集めて作ったバンドが元だったらしいが、なんとなく義理人情に厚そうなヒューイ・ルイスの人間くささを感じるバンドである。
  「ベイエリアの風」。僕はこのアルバムがとても好きだった。シングルヒットした「ビリーヴ・イン・ラヴ」がそうであるように、カリフォルニアの真っ青な空と爽やかな風がそのままパッケージされているような気がして、CDが回っている間、僕はアメリカにいる気分にひたることができた。ベイエリアとは、現地でカリフォルニア湾周辺を意味するらしいが、いつかは行ってみたいと思いをはせながら、ステレオの前で何度も何度も聴いていた。
 ヒューイ・ルイスは「ベイエリアの風」の翌年に発表した「スポーツ」で大きな成功を掴んだ。その「スポーツ」の1曲目、「ハート・オブ・ロックン・ロール」でこの日のライブは幕を開けたのだった。う〜ん、懐かしい〜!あの独特の渋い声、そしてR&B風のハーモニカは健在だった。結局、このアルバムは800万枚以上を売り上げたらしいが、本当に名曲揃いで、この日もこのアルバムから「ハート・アンド・ソウル」や「アイ・ウォント・ア・ニュー・ドラッグ」など多数演奏された。しかし、一番盛り上がったのはたぶん、「パワー・オブ・ラヴ」だろうか。「スポーツ」でブレイクした彼らは、R・ゼメキス監督の大ヒット映画「バック・トゥ・ザ・ヒューチャ」の主題歌を担当することになり、ヒューイ・ルイスはとぼけた審査員役として映画出演までしていてとても笑えたのを覚えている。まさに時の人だった。
 彼らの音楽は、メロディラインがシンプルでとても親しみやすいし、どことなく温かみにあふれている。ヒューイ・ルイス本人の人柄やバンドメンバーとの関係が音楽や歌声に反映しているのだろう。その真骨頂はアカペラではないかと思う。この日のライブでもアカペラで何曲が歌ってくれたが、とても楽しそうで、心がホッとする瞬間だった。途中でシカゴのビル・チャンプリンらが入れ替わり立ち替わり参加して、ジョイント・ライブらしく盛りあげてくれた。1時間半ほど過ぎて、第一部が終わった。
 それにしても、ヒューイ・ルイスとシカゴが一緒にライブをやること自体は、なんとなく不思議ではある。音楽性がまるで違っているし、出身地もカリフォルニアとシカゴで違うし、どこに共通点があるんだろう?って感じである。ただ、シカゴはロサンジェルスを中心に活動してきたので、そういう意味では、「西海岸組」というくくりなのかもしれない。第二部が始まると早々にヒューイルイスが舞台に登場し、何曲か歌うと、それからはシカゴだけになった。やっぱり、音楽の雰囲気が全然違うので、その方がいいと思った。お客としてみれば、大物バンドのライブを続けて見られるだけで幸せなのだから。 
 さて、シカゴ。最初に聴いたのは、「素直になれなくて(Hard to say I'm sorry)」だったと思う。何かの映画にも使われていたと記憶しているが、とにかくもの凄くヒットしていて、FMで聴かない日がないという感じだった。しかし、僕自身は、そんなに好きではなかった。ピーター・セテラの声が甘すぎて、苦手なのだ。この曲を含む「シカゴ16」はデビット・フォスターをプロデューサーに迎えたことで、バラード色が強まり、新たなシカゴファンを数多く獲得し、ヒット曲も連発したが、結果的にはバンド内に亀裂を生むことにもなってしまったようだ。 
 シカゴは、昨年、結成40周年を迎えた超長寿バンドであるが、その間にはいろいろなことがあったに違いない。もともとバンド内にはリード・ボーカルをとれる人が何人もいて、「シカゴの声」は時代や曲によって変わってきた。ピーター・セテラは結成時からのメンバーだが、デビッド・フォスターをプロデューサーに迎えた80年代からは紛れもなく「シカゴの声」になった。ボーカルとしての成功が脱退につながってしまうとは、皮肉な結果である。
 「シカゴの声」なきあと、「シカゴはどうなっちゃうの?」と心配していたら、「シカゴ18」で新メンバーに加わったジェイソン・シェフがピーターと同じベース&ボーカルを担当することになった。シングル「スティル・ラヴ・ミー」を初めて聴いたときの驚きをよく覚えている。「ピーターが戻ってきたぞ〜!!」と。
 シカゴのステージが始まると、僕は意外にもヒューイ・ルイス以上に熱狂していた。高校生の頃は、なんとなくシカゴは大人びていて取っつきにくく、ヒューイ・ルイスの方がずっと気に入っていたが、今となるとシカゴの音楽の方が肌に合うようだ。特にデビット・フォスター以前のシカゴはとてもいいと思える。すでに80年代ロックが昔話になるが、シンセサイザーが多用された80年代のロックよりも、もっとシンプルな60〜70年代の音楽の方が飽きずに聴けるというのもなんとなく意味ありげな気もする。次々新車を繰り出す国産車のデザインが飽きられやすく、なかなかモデルチェンジをしない欧州の車が飽きにくいのは、デザインの完成度の違いだと、先日、プロダクトデザインの仕事をしている友人から教えてもらったのだが、それと似ているような気がするのだ。やはり、人の手でしっかりと作り込んだものの方が長持ちするものなのだろう。だから、僕は100円ショップがあまり好きではない。いいものを長く使う、そういう生活の方がいいではないか、と思う。
 話が飛躍し、さらに横道にも逸れた。シカゴは40年の間にメンバーチェンジが繰り返され、オリジナルメンバー7名のうち今も残っているのは、ロバート・ラム(vo/key)、リー・ロックネイン(tr/vo)、ジェイムズ・パンコウ(tr/vo)、ウォルト・パラゼイダー(sax/vo)の4人だけである。ロックに管楽器を取り入れたブラス・ロックの先駆者として活躍してきたのだが、そのホーン奏者が3名とも在籍しているのが命綱といえなくもない。リー・ロックネインがステージ上でとてもエネルギッシュに、かつ楽しそうに演奏していたのが印象的だった。また、ロバート・ラムが書き、自らも歌っている「長い夜(25 OR 6 TO 4)」や「いったい現実を把握している者はいるのだろうか?(DOES ANYBODY REALLY KNOW WHAT TIME IT IS?)」、「ビギニングス(BEGGININGS)」、そして、「サタデイ・イン・ザ・パーク(SATURDAY IN THE PARK)」などは今聴いても本当にカッコイイし、歌の中に何か人生における大事なメッセージがあるような気がしてしまうのだ。
 シカゴも約1時間半ほどのステージだった。アンコールが終わっても、もう一度出てくるのではないかと思っていた。なぜなら、まだ「長い夜」を聞いてなかったから。そして、再びステージに現れたシカゴの8人は、これ以上はないというくらいの盛り上がりの中で「長い夜」を演奏してくれた。う〜ん、いい夜だった。
 
 Kとは一度、アメリカを一緒に旅したことがある。カリフォルニアにもシカゴにも行った。今思うと、本当に行ったのだろうか?もしかしたら夢の中での話だったのでは?という気がしてしまう。人生駆け出しの頃のそういう旅だった。あの頃はよかったと思わないではない。できることなら戻ってみたい気がする。でも、やめておこう。あの頃の素晴らしい歌を、今も熱く演奏しているバンドのように生きていく方が、きっと刺激的で魅力的なのだと思うから。