○平成22年12月19日(日)13-17時
○有楽町朝日ホール
○プログラム
  第1部 基調講演 「シルクロードの幻想」 五木寛之氏(作家)
  第2部 パネルディスカッション 「蘇るシルクロード」
        前田耕作氏(東京文化財研究所客員研究員)
        オマラ・ハーン・マスーディ氏(アフガニスタン国立博物館長)
        樊錦詩(ハン・キンシ)氏(敦煌研究院長)
        星野知子氏(女優・エッセイスト)
        入澤崇(龍谷大学文学部教授・龍谷ミュージアム副館長)

 平成22年8月に訪れたシルクロードには、ヨーロッパとアジアの交易の跡があちらこちらに見られた。物、人、文化、そして仏教もこの道を通って、今の自分の暮らしの一部分になっているのだと想像してみたら、広々とした楽しい気持ちになった。五木氏の講演は、以前にも聴講したことがあるが、とても面白い。話題が多岐に渡るうえに、作家ならではの的確な描写が想像力を刺激する。そして、ユニークな着眼点と反骨精神を伴う主張がある。

 「徴兵制のように、現代には、徴学制というのがあってもいい。」と五木氏は言った。50歳になってから龍谷大学(京都)で学んだ経験があり、若い頃とは別の意味で非常に視野の広がるいい勉強ができたのだという。そして、京都はいかにも古きよき日本が残っているイメージで語られるが、実際は違っていて、「日本の中の異国」だという話になる。「京都人は、新しもの好きで、性格は穏やかだが、芯の強さと自己主張がある」とも述べられた。あまり知られていないが、路面電車、熱気球、映画、図書館、小学校などはみな、京都で始まったものだという。古びた寺町のイメージとは、確かに違う。

 「古典は、できたときはニューモードだった。」というのも、面白い話だった。以前、新薬師寺(奈良)に行ったときに、バサラ大将像などの十二神将を天平時代の色彩(CG)で再現した映像をみたが、色が剥げ落ちた現存の外観とは全く違った強烈なインパクトがあった。真っ赤に逆立つ髪は「ドラゴンボール」の悟空のようだし、身にまとった衣装も金や赤や緑など岡本太郎ばりの派手さなのである。

 シルクロードから日本へ渡ってきたものには意外なものもあるそうだ。たとえば祇園祭に使われる山車、岩波文庫の表紙のエッジという部分の模様、ブドウ、ザクロ、コショウ、キウイ、ゴマなどもシルクロードから伝わってきたという。また、外来植物として嫌われているセイタカアワダチソウに対して、ススキは日本的な情緒に訴える存在ではあるが、そんなススキをイスタンブールで見たことがあるという。何が日本的であるか、案外、怪しいものであるという話。ちなみに、セイタカアワダチソウもこの20年間で、背が縮んでいるそうだ。生き残るために健気に馴化しているセイタカアワダチソウ君に、ちょっと同情してしまう。不思議なことに、日本人の心の中には、漠然としたシルクロードへの慕情、憧れがある。そこに我々のルーツを感じるからなのかもしれない、という五木氏の意見に同感である。情緒的な解釈に過ぎないのかもしれないが、千年単位の記憶がDNAの中に残されているのではないか。ふと、そんな風に思うことがある。

 パネルディスカッションでは、アフガニスタンや敦煌を中心とした話題提供があった。オマラ氏は交流のあった故平山郁夫氏の想い出を語られていた。タリバン政権によって破壊されたバーミアン遺跡にある博物館に初めて来た外国人は平山氏だったそうだ。破壊されたり盗掘される遺跡を私財を投じて守ってきた平山氏。「文化とは国境を知らないもの。平山さんは世界の文化人でした。」深く感謝するオマラ氏の言葉は、胸を打つものだった。

 ミュージアムを作ったり、文化財保護をなぜ行うのか、という話題もあった。莫高窟(敦煌)も保存と観光のバランスが問題になっているという。日本でも、高松塚古墳の壁画が発見されたことにより、温湿度の変化やカビなどによる劣化が問題になっているが、逆に発見されずに人知れず保管されてるうちは、文化財的意味は何もないわけである。そういえば、中国政府が西安で眠る兵馬俑の発掘を急ぐことなく、この先100年以上かけて行う理由が、金銭的な理由以外に将来の技術に委ねたいというのも賢明と思える。入澤氏の発言だったか、文化財保存による異文化交流は、平和構築につながるものだという話も頷けるものだった。平山氏は「仏教伝来」を生涯のテーマとして日本画を描きながら、文化財の保存や復興のために精力的に働いてきた。その平山氏が、破壊されたバーミアン遺跡を復元しようとする検討会の場で、唯一反対したというエピソードを別の講演会で聴いた。これを復元してしまってはいけない。むしろ、壊れたまま保存することで、戦争の悲惨さを後世に伝えるべきだという主旨だったという。広島での被爆体験をもち、生涯に渡り平和活動を続けられた平山氏ならではの達観に、深い感銘を受けた。

 悠久の時からみたら、人の一生なんて一瞬の出来事である。血を流して争い奪いとった土地も財産も、いつしか土に埋もれてしまうのだ。わずかな時間である。ゆっくりと文化財をみたり、自然の中を歩き回っていたら、平穏のうちに終われるんじゃないだろうか…。
SILKROAD.August,2010