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「棒を振る人生」
著者:佐渡裕
「音楽は人生において最も美しいものだ。」
「はじめに」の中でそう断言されていて、そんなにハッキリ決めちゃうのは手前味噌じゃないの?と思うと同時に、そこまで言い切るのなら読んでみようという気になった。
佐渡さんの経歴は華々しい。世界随一といっていいレナード・バーンスタインや小澤征爾に師事し、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ロンドン交響楽団など一流オーケストラの指揮者として世界的に活躍されている。しかしながら、そもそも楽器を演奏するわけでもない指揮者の重要性がかねてから不思議ではあった。とある番組で、バーンスタインがブラームスの「交響曲第一番」の途中で指揮をやめるシーンがあったそうだ。それでもオーケストラは何事もなかったかのように演奏を続ける。指揮がなくとも演奏可能であるのなら、一体、指揮者は指揮台の上で何をやっているというのか?そのことについて、読者と一緒に考えてみたい、というのが本書のねらいである。世界的な指揮者は、文才にも秀でていて、あっという間に引き込まれてしまった。
佐渡さんが中学時代に経験した友達の死。遊びの誘いに来たのを佐渡さんが断った直後、校庭で事故死してしまう。佐渡さんに何の責任もないが、そのことを誰にも話さなかったことで、罪の意識が潜在意識下に残ったのだろうか。ヨーロッパ公演の本番前にみた夢になぜかその友達が現れる。そして本番中、「ピアノ協奏曲第四番」第二楽章が始まった瞬間に訪れた神の圧倒的な存在感。指揮をしながら、すべてを見通している神の前で涙を流し、亡き友に詫びる。演奏者らは佐渡さんの涙の訳など知る由もないが、その全身から発せられた特別な気は、音楽を通じて客席に伝わったのだという。「楽譜を読む、作品を理解する、音楽を自分のものとする、という行為はそんなふうに、自分の無意識をも含む全人的な体験をもとになされる」もののようだ。
小学生の頃から指揮者に憧れていた佐渡さんは、小遣いをもらうたびに30段もある譜面を買って、頭の中でオーケストラを響かせていたという。よくそのような芸当ができるものだと驚いてしまうが、音楽の設計図である譜面を紐解き、作曲家が意図した音を再現し、さらにそれを超える感動を生み出そうとするのが指揮者だという。誰もが知っているベートーヴェンの「運命」は、八分休符から始まるという。指揮者が腕を振り下ろした瞬間に音は鳴らず、奏者がその休符で蓄積したエネルギーを一気に発露させて、♪ジャジャジャジャーンという爆発的、衝撃的な音が鳴るのだという。
数々のエピソードを通じて、「音楽は人生において最も美しいもの」であること、その一端を知ることができた。音楽の深淵さを熟知し、なおかつそのことをわかりやすく表現する力をもった佐渡さんでなければ書けない貴重な本である。
(PHP新書)
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