Billy Joel
TOUR 2006
at TOKYO DOME
 11月28日、ビリー・ジョエルのコンサートへ行ってきた。ここ数年、往年のスターによる来日公演が一種のブームになっているようで、僕も、2003年のジョアン・ジルベルトの初来日や2004年のイーグルス(最後のツアー)など1度は聴いてみたいという公演があれば足を運ぶようにしている。最近はヒット曲もない彼らが、60年代、70年代にヒットした曲を披露し、その頃青春真っ直中だったという観客達が当時を懐かしんだり、いろんな想い出を慈しむように聴いている様子は、なかなか味わい深いものがある。僕もそんな観客の一人なのかもしれないが、21世紀という明るい希望をもって迎えられた近未来が、いざ始まってみると、9.11テロに象徴されるようにそんなに希望に充ち満ちたものではなく、むしろ20世紀から積み残してきた様々な問題、たとえば地球温暖化などの環境問題、経済格差による対立、食糧難、地域紛争、新たな疾病の蔓延など難問題がわっと溢れだしてきた感じである。で、そんな現実から一時でも逃れ、古き良き時代の追憶にひたっていたいということの現れなのかどうか?「想い出はいつもキレイだけど」という歌があったけれど、辛い過去を忘れるからこそ生きていける部分と、すべて忘れてはいけない部分と、脳内では毎日記憶の整理で大変に違いない。
 古き良き時代への追憶、確かにそれはそれでとても癒されるものがあるし、ときには急ごうとする足を止めて原点を見直してみるということに結びつけていけば、とても意義があることに思える。音楽に限らず、いろんな分野で見られる懐古ブームは、もしかしたら直面する難問を乗り越えていくために必要な点検作業なのかもしれない。しかし、過去の一部分だけをいいとこ取りし、そうしていることさえも曖昧にしてしまうと、それは却って現実を歪め、進むべき方向を見誤ってしまうことになるだろう。過去を思い出すのと同じように、自分たちの後にも生まれて生きていく子供たちがいることを思いながら、今を踏みしめていたい、そんな気持ちになった。
 19時5分、大歓声に迎えられ、ステージ上にビリー・ジョエルが登場した。久しぶりに見る姿は、すっかり髪の毛が薄くなったオッサンだった。1949年生まれ、今年57歳なのだから当然なのだけれど。1曲目は何という曲か知らなかったが、ピアノの早弾きから始まるこの曲で、会場は一気にビリー一色に染まった!それからはヒット曲を織り交ぜつつ、特に派手な演出もなく、ただただピアノを弾き、歌った。知らない曲はほとんどなく、ヒット曲の多さにも改めて驚いた。しかし、ヒットの影にはいろんな苦労もあったようだ。イタリア系移民という風に僕は記憶していたが、両親はユダヤ人なのだそうだ。「自然同化によるイタリア系」というらしいが、ナチのアーリア化政策によりビリーの父親は市民権を奪われ、逃げるようにアメリカへ移住してきたそうだ。その後の徴兵などにより心に傷を負った父親は、妻とビリーを残してヨーロッパへ帰ってしまったという。暮らしを支えるための音楽活動も厳しい時期が続き、自殺未遂を犯したこともあったらしい。転機が訪れたのが73年の「ピアノ・マン」で、それから大ヒット作が続くのだが、私生活では離婚を繰り返し、アルコール中毒にも苦しんできたようだ。こうした苦悩が創作される音楽にどういった形で影響しているのかわからないが、ステージ上のビリーの歌声は、若い頃とまるで変わらぬ若々しさがあり、楽曲の力強さ、メロディーの美しさも相まって、すっかり魅了されてしまった。
 前半だったろうか、「オネスティ」を聴いたときは、さすがに懐かしさがこみ上げてきた。この曲は、通っていた中学校で放課後が終わるときに流れていて、毎日のようにこの曲を聴きながら家路に着いたのだ。陽が傾いた風景の中をなんとなく一日が終わってホッとした気分で聴く「オネスティ」は、歌詞の意味は知らなくとも、どことなく「誠実さや正直さ」を感じさせてくれる清々しいものだった。前半から中盤に向かうあたりで「ストレンジャー」が演奏され、会場が総立ちになったように思う。それからはヒット曲メドレーという感じで、「マイ・ライフ」とか「アレンタウン」「イノセント・マン」などなど、約2時間ノンストップで演奏された。「ムーヴィン・アウト」のカウントを「1、2、1、2、3、4」と日本語で言うような日本向けサービスもあったし、観客の反応もとてもよかったと思う。外国人男性ソロシンガーとしては、いまだに日本一のレコード・セールスを記録しているし、「Stranger」は米国ではシングルカットされず、日本だけでシングルヒットしたそうで、そういう意味では日本人好みの音楽なのかもしれない。
 後半で登場した「Just the way you are/素顔のままで」は、やはり特別よかった!この温かみ、穏やかな雰囲気、優しい気持ちにずっとひたっていたいというしみじみとした感動を覚えた。直接、心の真ん中に届いてしまう音楽のすごさを、改めて感じたようにも思う。
 アンコールは、「イタリアン・レストラン」だった。イタリアの小さな町の風景を切り取ったような名曲で、すごくいい気持ちで聴いていた。続いて日本の歌「さくら」のフレーズをピアノで弾いてから、首にぶらさげたハーモニカを吹きながらピアノに向かった。それが最後の曲になった。僕はすごい感動で胸がいっぱいになっていた。「ピアノ・マン」。この曲がビリー・ジョエルの原点なのだろう。いろいろな紆余曲折があっても、きっといつもこの曲に立ち返って這い上がってきたのだろう。やはりいい曲である。最後がこの曲でうれしかった。スクリーンに映っているビリーの横顔も何となく感動と満足感で満たされているように見えた。とてもいい瞬間だった。心からありがとうという気持ちで、舞台から去っていくビリーや演奏者たちの後ろ姿を見送った。