大田区主催のアート・フェスタ2001に後藤勇氏が出演するというので、行ってきた。
会場の大田区民ホール・アプリコはJR蒲田駅から3分ほどの真新しいモダンな建物。100人くらい入りそうな小ホールに、観客は10名くらいだったろうか。
司会の紹介でまるでふだん着の後藤氏が現れ、パラパラと拍手が湧く。ペットボトルのミネラルウォーターを一口飲みこみ、「今日は、夏の唄を集めてみました」と夏着の後藤氏が語る。
1曲目は、平野氏の映画に使われた「ペダル」だった。観客とほどよい距離があり、落ち着いた照明のなかの後藤氏は、いつもよりリラックスした雰囲気で唄う。音響もよく、「夏の声」がのびやかに響いてきた。2曲目「フロア」に続いて「季節のかわり目」がいいなぁと思った。ここしばらく後藤氏のライブは、アコギの弾き語りというスタイルが定着している。音色は、ギターとボーカルの2色だけ。そのせいか、バンドで聴くよりメロディの重要性が増すようだ。最近の唄の方がメロディアスである。
「26」「ラストシーン」「ガーデン」「帽子」「予報」と古めの唄が続く。クーラーのきいた快適なホールにいて、少し眠気を感じてきた。炎天下でじりじりと肌を焦がすのも夏なら、こういった場所で涼しさを感じるのも夏である。最前列に座っていた私の息子は、「ラストシーン」の頃、居眠りを始めた。スローテンポにアレンジされたこの唄が、私にもとても快適に響いた。
そのあと、新しい唄が続いた。「隧道」は、聴くごとによくなってくる不思議な力がある。はじめから弾き語りのつもりで作ったのかどうか後藤氏には聞いてないが、唄とギターだけで充分だと思わせる。特に、ギターのリズムがいい。同じリフが続くのに、退屈してこないんだから不思議な音だ。初めて聴く「マーチン」もライブでは初めてという「定義」もじっくり聴けてよかった。私の勝手な想像だけど、今の後藤氏が思うこととフィットしているのではないかと思う。ストレートに伝わってくる唄は、そういう唄だと思う。それと比較すると「東京都」は、「今唄う唄なのだろうか?」という疑問を感じた。観客席から照明に浮かぶ後藤氏をみていると、もう「東京都」を唄うには成長しすぎているように見えた。
「声の音楽」、そして、「歩き道」をラストに唄った。どちらもよかった。
私は以前、後藤氏のベストCD「Gold Dust」を編集する機会を得たが、あれからまだ半年しか経ってないことに驚く。ベストだと思って集めた唄を遙かに凌ぐ新しい唄がもうたくさんあるのだから。後藤音楽は確実に進化している。くしくも、今日、古い唄と新しい唄を比べて聴いていて、確かにそう感じた。