|
「オール1の落ちこぼれ、教師になる」
著者:宮本延春
個人的な話で恐縮だが、息子が高校受験を控えている。行きたい学校も決まっている。ただ、合格ラインに届いてない。それもかなりの落差がある。その高校の場合、漢字検定3級を取ると内申点にプラス1が加算される。3級は中学卒業程度なのだが、大人が解いても、案外、読めない。まして、ワープロに慣れた頭では、驚くほど書けない。漢字が苦手な息子は、言わずもがなである。それでも藁をも掴もうと漢検の申し込みをしに行った近所の本屋で見かけたのが、この本である。前振りが長くなってしまったが、自分と息子が置かれている状況がこの本を読みたい、読ませたいという衝動を駆り立てたのは間違いない。
この手の話は、度々見聞きするから、それほど新鮮味はないし、タイトルで大体の内容も想像できる、と思いながら読み始めた。確かにその通りでもあったが、当初の予想は気持ちよく裏切られたと言った方がより的を射ている。著者が中学卒業時に書けた漢字は自分の名前だけ。知ってる英単語はBOOKだけ。数学の九九は2の段までしか言えなかったという。信じられないが、そうなる理由も相応にあった。小学生時代からのいじめ、そして仕事に忙しい両親。実はもらい子だったその両親とは、16歳、18歳のときに死別し、兄弟もいない著者は天涯孤独になる。詳しい状況は読んでもらった方がよいが、とにかく「悲惨な境遇」としかいいようがない。自殺を考えたという彼の気持ちもわかる気がした。そんな彼が、NHKスペシャル「アインシュタイン・ロマン」という番組をみて、変わっていく。その変わり様は、奇跡といっていいほど劇的なものである。目標が出来てからの彼の勉強ぶりは凄まじい。中学しか出てない彼が高校へ行く、大学で物理を学ぶという目標をあざ笑う者もいた。何しろ、小学3年生のドリルを使って高校受験を目指すのだから、諦めさせた方が真っ当な助言とも思える。しかし、彼の真剣さに手助けする人も現れる。
彼は、無謀とも思える夢を見続け、ついに叶えた。その恩人の一人である女性と結婚し、今は、「落ちこぼれ」の気持ちがわかる先生として活躍している。何でも飲み込みが早く、要領もよく完璧にやり抜ける優等生も確かに凄いし、世界的な活躍も期待できるが、一方で、こういうどん底から這い上がる苦労人もこの世界には必要だと思う。なぜなら、どん底から這い上がる術を知っている者にしか、その方法を教えることができない。益して、どん底の気持ちなど理解できないからである。この本には、その一部始終が書かれている。
教師となった今、彼は絶対にいじめを許さないという。そして、やる気のない落ちこぼれに対しては、厳しく1をつけるそうである。そこには、一人ひとりの生徒への真摯な気持ちがある。本物の感動があった。
(角川文庫)
|