Buggy Memorial Tour
2025年11月2日(日)〜3日(祝)

Royal Enfield HUNTER350
走行距離:578km
燃費:38.4km/L

 バギーとは家族旅行であちこちに出かけていた。日光へも来たことがある。朝8時ですでにいろは坂は大渋滞になっていたので、北側をぐるっと迂回して行くことにした。那須から塩原温泉、川治温泉(川治ダム)と抜けて、川俣温泉から奥日光まではくねくねの山王林道を走った。入り口付近に通行止めと書かれていたので焦ったが、対向車が来ていたので多分大丈夫だろうと思って行ってみた。その昔、林道をさんざん走った先にバリケードがあって引き返したことがあったので、ちょっとドキドキだったが、無事に通り抜けることができた。湯滝近くの駐車場にバイクを停めていたら、近くにいたおじちゃんが声をかけてきた。カワサキカラーのレーサーレプリカに乗っていて、ネットで安く買ったというマフラーの音をわざわざエンジンをかけて聞かせてくれた。仕事は運ちゃんだと言っていた。とても話し好きな人で、オークションで買ったバイクグッズの話をしばらくしてくれた。その後、とても残念なアクシデントがあった。おじちゃんがバイクに乗って駐車場から道路へ出ようとしたところで車が来たので、一旦停止して足をついたところに凹みがあって、バランスを崩して立ち転けしてしまったのだ。バイクを起こすのを手伝ったが、なんとボディーに傷がついていて、右のウィンカーも壊れてぶらぶらになっていた。自分のことに気をとられて、車の接近に気付くのが遅くなったようにも思えて、申し訳ない気持ちだった。「しゃーない!」と言っていたがショックは大きかったに違いない。陽気なおじちゃんのことだから、気を取り直してくれると思うけど…。その日は、戦場ヶ原、中禅寺湖を周遊して、日光市内のホテルに泊まった。「ここは昭和か!」というような古いホテルだったが、評判通り食事はとても美味しかった。夜と朝、温泉につかって、身体の芯から温まることができた。

 翌朝は、バイクをホテルに停めたまま、日光東照宮へ歩いて行った。徒歩10分くらいで到着したが、入場が9時からだったので30分ほど待つことになった。すでに長蛇の列だったが、帰る頃にはさらに3倍くらいの列になっていた(汗;)。東照宮見学のあとは、近くにあるカフェレストラン「ふじもと」へ行った。以前から気になっていたが、とにかく混んでいて行けないのだ。徒歩の方が渋滞もないので行きやすかった。まだ開店前で、僕の前に並んでいたご婦人に、予約とか受付とかがどうなっているのか訊いてみた。上品そうなそのご婦人は何度も来たことがあるそうで、テラス席なら犬もオッケーだからということだった。ご主人と犬は車を駐車場に停めにいっているが、渋滞のため遅れてくると言っていた。犬の話が出たので、バギーの写真を見せて、今回のツーリングの目的を話したら、とても興味津々で聞いてくれた。店に入ると名物の日光湯波オムレツをオーダーした。所詮湯波なので、美味しさよりも珍しさによる感動だった。テラス席にいたご婦人とご主人とワンちゃんに挨拶をして、ホテルに戻り、出発の準備をしていると、ちょうど従業員らが帰宅するところだった。その中の一人の外国人女性が話しかけてきた。「是非是非、また泊まりにきてください」としきりに笑顔で話しかけてくれた。今回のツーリングは、気のせいか、人に話しかけられる頻度が多かった。そもそも那須の酪農家で犬舎跡を案内してもらえたことがラッキーだったのだ。人好きだったバギーが巡り合わせてくれたに違いない。

 帰り道、東北道の丹羽パーキングエリアに寄ったら、江戸の町並みになっていてにぎわっていた。江戸時代、栗橋に関所があり、「入り鉄砲に出女」の取り締まりを行っていたことから、上り線のPAを東京(江戸)への入り口と見立てているそうだ。西に傾いた眩しい太陽に向かって圏央道を西に進み、無事故無違反、時間内にバイクを返却することができた。店員の女性は、2年ぶりのレンタルにもかかわらず、僕のことを覚えてくれていたので、日光で買った小さなクッキーをお礼に渡したら、予想してなかったのか、びっくりするくらい喜んでくれた。できればまた来年も、ツーリングに出かけたいものである。

 時々、バギーのことを思い出す。家に帰宅したとき、中からバギーの声が聞こえたような気がするときがある。ジョギングをしていると、一緒にバギーが横を走っているような気がすることもある。空耳だろうし、気のせいだと思う。だからかわからないが、いわゆるペットロスにはなってない。寂しいと思うことはあるが、悲しいとは思ってない。1年以上も寝たきりになり、筋肉が細り、食事も減って、13キロあった体重は8キロまで落ちていた。かわいそうだった。今は安らかに過ごしていると思うから、悲しくはない。肉体はなくなったが、彼は宇宙に還ったように感じている。すべてが元々宇宙にある物質が形を変えて存在していて、質量保存の法則に従っているわけなのだ。ふと、ギリシャ時代の賢人アリストテレスが遺した言葉「無知の知」のことを考えていた。この世界には知らないことだらけなのだ。僕たちは宇宙の中で形を変えながら、永続している存在なのかもしれない。見方によっては悲しいことでも、ごく自然の当たり前のことと思えば、ありのままを平然と受けいれられるような気もする。これからもずっとバギーのことを思い出すと思う。バギーは賢い犬だったから、これからもずっと僕に真理を教えてくれるような気がしている。ありがとう、バギー。思いっきり楽しい14年半だったよ!



 朝8時過ぎ、酪農家に到着した。特に連絡もしてないし、呼び鈴を鳴らすのも気が引けて、なんとなく様子を窺いながら敷地内に入っていった。普通に考えれば、不法侵入だろう(汗;)。運良く、家から人が出てきた。たぶん、怪しい人がいると思って出てきたに違いない。ただ、僕がバギーを買った若夫婦ではなく、その母親だったので、初対面だった。実はこれこれこういうことなんですと、愛犬を買った経緯や8月に死んだこと、長生きしたこと、とても賢くて性格のいい犬だったこと、自分らにとって大事な家族だったことなどを一気に説明した。おばさんは一通り僕の話を聞くととても喜んでくれて、今はなくなってしまった犬舎の方へと案内してくれた。息子さんは東京へ出張していて不在とのことだった。酪農経営を拡大し、さらに肉牛も始めたのだそうだ。僕は許可を取って、犬舎あとの写真を撮らせてもらった。息子と一緒に来た15年前が思い出されて懐かしかった。しばらくすると、別の人が近づいてきた。おばさんの弟さんだそうで、ちょうど飼料を積んだトラックが入ってくるので、入り口に停めていた僕のバイクが邪魔になってるそうだ。朝4時に出発して走ってきたので寒かった話をすると、よく来たねと笑っていた。そのおじさんは、1000ccの大型バイクを5台ももっているそうだ。僕のレンタルバイクにまたがると、軽いね〜とまた笑った。お茶でもどうですかと誘ってくれたが、さすがに遠慮した。今度は是非、ご家族で泊まりにきてよと言ってくれて、田舎にはこうした人間関係が残っているんだなと嬉しくなった。突然、お邪魔したにもかかわらず、本当に出会えてよかった。バギーが引き合わせてくれたのかな。ふと、そんな気がした。

 2025年8月22日、愛犬バギーが旅立った。はじめは後ろ脚を引きずるようになり、徐々に前脚の力も入らなくなり、1年以上も寝たきりが続いたが、不思議なくらい快食快便だった。コーギー犬に多い難病の可能性もあったが、高齢でもあったので単なる老化かもしれず、獣医さんでも判断できないということだった。とにかく苦しまずに最期を迎えてほしい、それだけを願い、そして、安らかに眠った。14年と10か月は、コーギー犬としては長寿ということだった。

 ここ何年も家族旅行には行ってなかった。バイク・ツーリングも2年ぶりである。折角だから、バギーの生まれ故郷を訪ねることにした。彼は那須のブリーダー(酪農家)の元で生まれた。もう何年も前にブリーダーは辞めてしまったらしく、音信不通だったが、とりあえず行ってみることにした。はじめは10月の連休に行く予定だったが、直前にコロナに感染してしまい、ひと月遅くなってしまった。そのため、ツーリングには寒く、また、日光周辺は紅葉シーズン最盛期に重なってしまった(汗;)。

 バイクは前日の夕方に借りておいて、当日は4時に出発した。ロイヤル・エンフィールド社を借りるのは2度目になる。英国発祥の老舗メーカーだったが、今は、インドの会社に買収されている。クラシカルなデザインがかっこいい。350ccバイクが流行っているらしいが、その先駆けになったと、レンタルバイクの店員さんが教えてくれた。車重が軽く取り回しが楽で、それなりのパワーもあって、ビュンビュン飛ばすのでなければ、とても乗りやすいバイクである。また、今回レンタルしたHUNTER350には、USBポートがついているので、スマホに充電しながらナビが使えるのがありがたかった。欠点は、風よけが全くないので、とにかく寒いことだった。それなりに着込んでいたが、高速に乗ってからは、80〜100km/hの風をまとも受けて体感温度は相当低かったに違いない。身体が芯まで冷え、足が震えてガクガクしていた。首都高の分岐点をいくつも抜けて東北道に入ると、ひたすら北へ走った。寒かったが、夜明け前の都心の風景は感動的な美しさだった。