

■プロローグ
いつだったかな〜、僕がはじめてバイクに乗りたいと思ったのは。
そのころの僕はまだ中学生で、自転車のツーリングに夢中になってたころだ。
バイクの本をながめては、いつか俺も、と夢みてたっけ。
「いま、バイク選びに夢中!」なんてのも当時の愛読書だった。
その著者、堀ひろ子さんの本が講談社文庫の新刊として出た。
「サハラとわたしとオートバイ」
そのプロローグにはこう書かれている。
「人間が何かをする時、別に理由がなくてもいいではないか。
好きだからやる、行きたいから行く、ただそれだけで、心の動きに忠実に行動する人間がいたって、不思議はない。」
そうかー、堀さんってこういう女性だったのか〜と初めて知る。
中学生のころの憧れは、今も変わりない。
こんな女性ライダーがいるってだけでうれしくなる。
その彼女は、すでに2年前、事故で急逝していた。
エッ!声にならない驚きが全身をつらぬく。
僕はこの北海道の記録を、彼女に捧げたいと思う、
彼女の冥福を祈りつつ…
1 夏、はじまる
恒例の少林寺拳法部・夏合宿が終わると、俺たちの夏がはじまる。
この夏、我々”Riders of Dharma”は、北海道へ行く。このツーリングが、”ROD”の初のツーリングになる。
何もかもが、これから始まろうとしていた。
7/23 Nからの連絡を待っている。彼が帰ってきたら、ただちにこんな暑さとはおさらばだ。
7/26 出発の予定日を過ぎたが、連絡はまだだ。何か事故でもあったのか?
その日、俺は横浜を出ることにした。pm4:06、見送りの家族の顔が心配げだ。
「無事に帰ってくるサ!」
さぁ、いよいよ旅立ちだ。俺は、西日を背に受けながら、アクセルを回した。
一気にギアを4速までシフト・アップ。コーナーを曲がると、俺の家も、家族の姿もバック・ミラーから消えた。なんとも気持ちのいい一瞬だった。
7/27 今、S(ironstomach-S)の下宿にいる。今日こそ連絡あるかと、電話が鳴るたびに、Nに違いないと思って、そして、裏切られた。寮に繰り返し電話をかける。何度かけても同じだった。残念だが、明日は出発する。
2 旅立て、北へ
7/28 (東京〜仙台)
am7:30ごろ、4ストのサイレンサーの音がSの下宿前まできて止まった。
T(camel-T)のVTだった。ついにこの日が来た。空は晴れていた。
am8:34、3人のライダーが、朝の静けさの中を走り出した。
もう当分はとまらない、旅は始まったのだ。
走り出して間もない頃、我々は、朝のラッシュの中にいた。
車の間をぬって走る。嫌というくらい排ガスを吸わされ、顔も煤で薄黒い。
環七をようやく抜け、R4に入ったところで一休み。
SのVTのセルが、調子悪かった。
pm1:55 昼飯。中華丼(\500)は、うまかった。ポツポツ雨が降り始めている。
仙台のSの実家までは、R4をひたすら走る一本線だ。
pm5:10。いきなり後方でパトカーのサイレンが鳴る。マイクで何か言ってるようだったが、よく聞こえないので無視して走っていた。それに、そのときは、何も違反はしてないはずだった。ところが、俺とSは止められた。
「免許証を出して見せなさい。」
「どうしてですか?」
「どうしてじゃないだろ?」
止められた理由は、追い越し違反だった。といっても、車の左側から追い抜いていたのでキップは切られなかった。あれが違反だったとはスッカリ忘れていた。
仙台へはなかなか着かなかった。日も暮れ、身体も疲れていた。
「S〜、まだか〜?」
「もうちょっとあるネ〜」
結局、S宅へ着いたのは、pm8:31だった。
疲れたけど、フェリー代の半分を浮かせたと思えばどうってことないサ!
Sのおばさんに沢山ご馳走を食べさせてもらい、その夜は、ぐっすり眠った。
3 はじまりは、”激突”だった
7/29 (仙台〜大間〜函館〜川汲)
夜が明けた。
カナカナカナカナ…。
ヒグラシが、遠く、近く鳴いている。
出発は、am5:00。天気はよくなりそうだった。
道は、昨日と同じR4をまっすぐだ。
朝の国道は高速並みだった。その時、俺たちは、S、T、俺の順で走っていた。
後方で、大きなクラクションが鳴った。ダンプに違いなかった。
バックミラーに、大きな緑のダンプが映っていた。
また、クラクションが、今度は立て続けに鳴った。バックミラーを覗くと、ダンプはすぐ後まで来ていた。そしてなお、その距離を縮めていた。また、クラクションが鳴った。俺の前には2人がいるし、その前にも車が走っていた。
わけがわからなかった。スピルバーグの”激突”を思い出し、怖くなった。
追われているうち、Tと並んだ。
「後のダンプ、危ないぞ〜!」
Tは、気づいていたのだろうか?
Tとダンプとの距離が、グングン縮まっていた。やはり、気づいてなかったか?!
まるで、ダンプに吸い込まれていくようだった。
あわや接触!というところで、VTが加速した。
ほんとに危なかった。一歩間違えれば、自己になるところだった。
俺は、ダンプを前に行かせた。こんなアホと付き合うのは真っ平だった。
俺は、ダンプの後を走っていたが、2人はまだ前を走っていた。仕方なくダンプを抜きにかかると、今度は、抜かせまいと左右にテイルを振ってきた。
いよいよ大バカ者のようだった。
赤信号で止まったので、前に出た。すると、ダンプの中から、ものすごい剣幕でおやじが出てきた。Sに文句を言っている。よく聞こえなかったが、「邪魔だ、どけ!」というようなことだろう。
信号が変わると俺は先頭に出た。ダンプを引き離してやろうと、ガンガン加速したが、最後を走っていたSは、ダンプの前をわざとゆっくり走っていた。
「何と無茶な奴だろう!」
俺は、パーキング・エリアで止まった。2人が、不思議そうな顔をした。
俺は、ダンプを先に行かせることにした。これ以上危ないことはしたくなかった。
まだ、旅はこれからという時に、事故にでもなったら元の木あみじゃないか。
ダンプは、俺たちの横を通り過ぎたと思ったら、すぐにダンプも止まった。
中からさっきのおやじが出てきた。どういうつもりか知らないが、俺たちはそのすきに先へ行ってしまった。後でSにきいたら、謎が解けた。
信号待ちの時、おやじはこう言ったそうだ。
「話があるから、その辺で止まれ!」
ダンプはもう追って来なかった。
我々は心ゆくまで高速走行を楽しんだ。
途中で雨が降り出したので、止まってレインウェア-を着たが、着ているうちに止んでしまった。
大森君に逢ったのは、その後だった。
盛岡あたりからだったろうか、俺たち3人の後を黒のNinjaがついて来ていた。それが大森君だった。昨夜の11:30、栃木を出てず〜と走っているそうだ。
am9:20、滝沢インターそばのGSでガスを入れる。
そこでの会話。
「どうもセルの調子が良くないな〜」とS。
「バッテリー液入ってんの?」という僕の一言が、真実であったとは…。
しかし、結局彼は、このツーリングの間中押しがけしなければならなかった。
pm12:03、十和田市内に入ったので一休みし、さぁ行こうか、という時。
その時の会話。
「VT動かないよ〜。前の方のシリンダーから妙な音がしてるんだ。」とS。
「よしっ、じゃあバイク屋に行こう。」
「多分バッテリーだと思うんだ。」といって、バッテリーの辺りをいじってるうちに、直ってしまう。
「ほんとうに気まぐれなバイクだだな〜。」
フェリーの時間に間に合うか多少不安になってきていた。しかし、下北半島に入ると、道はまた高速道路のようにとばせた。 pm3:30、大間に到着。間に合った〜!!
この日の大間は、ものすごい強風だった。フェリー大丈夫なのかな〜などと考えていた時だった。ちょっとした不注意でフェリーの乗車券を飛ばしてしまった。俺が走り出すと、みんなも走り出した。
券は車の陰にあった。だが、飛び付こうとした瞬間、ひらりと宙を舞った。そのまま海に落ちるか、というギリギリのところでSが掴んだ。もう少しで2100円がパーになるところだった。
「Sよ、よくぞ、取ってくれた。恩にきるぜ!」
フェリーは定刻に出航し、我々も予定どおりフェリーに乗ることができた。
pm5:20 今、フェリーの中。思えば遠くへ来たもんだ。風は強く、かなり揺れる。時々、波飛沫があたる。規則正しいエンジン音が、頭に響く。もうすぐ、北海道なんだな〜!
函館の地に立った時はすでに夕暮れ時だった。これから川汲のキャンプ場まで行かなきゃならない時に迷ってしまった。そんな僕らを見て、わざわざ車を停車させ、親切に道を教えてくれた人がいた。その人のおかげで、どうにか川汲まで来れた。しかし、キャンプ場がわからない。交番できくと「キャンプ場はない。」といわれた。しかし、一応それらしき所へ行ってみると、果たしてキャンプ場はあった。その晩は晴れで、満点の星が降ってきそうに見えた。
4 夜は、函館山で
7/30 (川汲〜大沼)
am6:30、起床。
髪を洗い、身体をタオルで拭く。水がとても冷たい。
空は少し曇っていた。
am9:07、出発。
キャンプ場から少し行くと海に出た。海岸線を走ると、風の体当たりをバイクごと受けねばならなかった。
でも、朝の海は静かで、清々しかった。
先頭はSが走っていた。80km/hは出てたんじゃないだろうか。
さらに加速して前の車を抜きにかかった。
ちょうどゆるい左カーブに差し掛かっていた。VTは、90km/hでカーブを抜けた。
不運だった。
「ネズミ取りだ!」
俺たちは慌てて減速した。Sが警察に注意を受けている。その後ろに速度測定機が見えた。
しばらくすると、Sが戻ってきた。
「どうだった?」
「平気だった。キップは切られなかったヨ。まだ測ってなかったんだって。」
こうしてまた、一日が始まった。
途中で俺たちは左に曲がった。ここで大森君とはお別れだった。
そこから大沼まではすぐだった。
am10:23 東大沼キャンプ場に着いた。風が吹き、青空の中を、雲は流れた。コンペイエローのSERROW225が、入れ替わりに出て行った。ピースサインを送ったら、女の子はかわいくうなずいて見せた。

大沼には、126もの小島が浮かび、詩情に富んだ景観を形作っていた。我々3人は、エゾマツやトドマツの続く湖畔を抜けて、函館へと向かった。函館は五稜郭へ。
ここは、五稜郭タワーに登らないと何も見えないのでつまらなかった。近くの”ラ・パン亭”で昼飯にした。この店には計3度行った。安くて、うまくて、沢山食える店だ。
pm4:30頃、函館山に来た。坂の多いところで、長崎を思い出させた。
牧岡君との出会い。
人と出会うとき、きっかけはいつも、ちっぽけなものだ。
別れたときのことを忘れることがあっても、出会った時のことは、忘れはしない。
牧岡君との出会いは、生涯忘れないだろう。
俺たち3人は、ロープウェー乗り場にいた。
二輪車通行止めのため、頂上には、ロープウェーかタクシーで行かなければならない。
「ロープウェーが片道550円。」
「タクシーの方がいいんじゃないか?」
「じゃあ、タクシーにしようか!」
そういう話をしている間中、ジーとこっちを見ている青年がいた。
何か言いたそうな顔をしていた。俺たちが行こうとすると、突然青年は言った。
「それ、4で割ることできませんか?」
やっと出た彼のそのセリフは、間にあった緊張感をスッカリ消し去ってしまった。
腕時計を見ると、pm4:40。夜景を見るにはまだ早かった。
3人はまたまた4人になり、出会いのある旅は、益々おもしろくなってきた。
護国神社という大きな神社がある。静かなところだ。
ここで会った話好きのおばちゃんに聞いて、立待岬まで歩いて行くことにした。起伏が多いうえ距離も結構あったので、着く頃には汗だくになっていた。砂山影二という人の詩があった。
「わがいのち この海峡の浪の間に 消ゆる日を想ふ 〜岬に立ちて〜」
立待岬は、こんな寂しい詩の似合うところだった。
そこから我々4人は、タクシーで、函館山の頂上へ行った。
pm7:15 今、函館の夜景を見ている。時折雨のパラつく天気で、空に星はなかった。しかし、いい眺めだ。時々ガスが夜景を隠してしまう。これから暗くなるともっときれいだろう。
牧野君は、青森で友達と約束があるというので、まだ明るいうちに山を下りた。
「写真、送ってくださいネ。」
彼が乗る青函連絡船の出航を写真に撮って、我々3人も山を下りた。
再び、”ラ・パン亭”で夕食。俺のジャンボ中華飯やTのジャンボみそらーめんでもかなりの量だったが、Sの注文はジャンボチャーハンの大盛だった!店の人も驚いただろうが、その代物の量に俺たちも圧倒された。さすがのSも満腹になったようだが、10分もしないうちにSの口から「もう腹が減ってきた。」という言葉がもれたときには、ちょっと言葉を失ってしまった。
キャンプ場には、pm11時頃に帰ってきた。寝静まったキャンプ場は、ウシ蛙の合唱で包まれていた。
5 自由・気ままなテント生活

7/31 (大沼〜長万部〜洞爺湖)
今朝はam7時半ごろまで寝ていた。目覚まし時計のない生活というのは、実に快適だ。ほっといたって朝になれば、目は覚めてくれる。慌てて朝飯喰って、何時間も混んだ電車に揺られることもない。北海道に来て2度目の朝は、こうして始まった。
外は、雨だった。蒸かし芋とコーヒーで腹を満たした。
「インスタント・コーヒー」
コーヒーを沸かして飲んだのは、その大沼での朝が初めてだった。
コーヒーは、俺の買ってきたAGFの炭焼きコーヒーだった。
見たところ普通のインスタント・コーヒーだった。
ところがこのコーヒーはお湯に溶けなかった。
湯がぬるいわけではなかった。パッケージにしっかり書いてあった。
「…フィルターなどで召し上がってください」と。
僕たちはフィルターなどもってなかったが、豆を沈めてから飲めば十分大丈夫なことを覚え、
それが毎朝の仕事になった。
am11:25 まだ東大沼キャンプ場にいる。三鷹から来た人(新宿工学3年)と立ち話。HONDA CX-EUROという珍しいバイクに乗っているそうだ。
かなりのんびりしていたので、出発はほとんどビリだった。
大沼から長万部までのR5(大沼国道)は、すごい風で、ピースするのさえ辛いほどだった。長万部では、名物のカニ弁当を食べた。味は中の上くらい。次に止まったのは、見晴台という展望台。洞爺湖の全景が見渡せた。晴れてれば遠く羊蹄山まで見えるそうだが、生憎天気は悪かった。そこでスクーターの2人に会った。京都ナンバーに見覚えあるな〜と思っていたら、大沼で会った2人だった。

pm4:30、仲洞爺キャンプ場に着いた。
「たまにはゆっくりキャンプ生活を楽しもう!」と、少し早かったが、夕飯の支度を始めた。その日の夕食は、肉じゃがだった。ナイフが切れなくて、ジャガイモを割っていたら、隣にいた青年が声をかけてきた。話が弾んだので、俺たちの夕食に招待した…?!といっても彼はもう夕飯を済ましていたが。
彼は宇都宮大学・自転車愛好会の芦沢君で、チャリンコで一人旅している。宇大の仲間とは、網走だったかで会うことになっているそうだ。
「一人旅は夜が寂しくて。」というのが実感らしい。ご飯はうまく炊け、肉じゃがもうまく作れた(自己採点90点)。
pm9時ごろ、対岸で花火が上がった。対岸はホテル街でにぎやかだが、こっちはとても静かだ。
寝る前に、芦沢君の住所を書いてもらった。
「日野市…」。
それを見てSがポツリと言った、「Hさんと同じだ。」
「Hさん?!」芦沢君がピクリとする。
「Hさん知ってるの?」
「知ってますよ〜、同じ学校だったし、住んでるとこも近いし。」
「エ〜、ほんとうにかよ〜!」
とにかくみんな驚いてしまった。世間は狭いな〜。
pm11時少し前、みなそれぞれ満たされた気分の中で眠りに着いた。

6 海辺のナイト・ラン
つづく…。
duration of tour/1987.7.28-8.14
mileage/5,262km
fuel consumption/34km/L
member/ironstomach-S.(VT250F),camel-T.(VT250F),.offroadwaiiyo-T.(XLR250R)