Trip to Bali 2012

 中国語、アラビア語、日本語、ドイツ語、フランス語。シンガポール航空の帰国便機内食にあった「砂糖」を意味する言語。どんな基準で選ばれているのか、英語がないのが不思議である。バリ島では、インドネシア語とバリ語の両方が使われていた。方言のように少しは似ているのかと思ったら、全く別物なので会話はできないそうだ。ちなみにインドネシア語はローマ字表記だが、バリ語は何というか、丸まったミミズのようなクルクル文字である。
 バリの教育制度は、日本と同じ6−3−3である。大学へ進学する人は一部のエリートに限られるようだ。結婚年齢は20代半ば。長男が家督を継ぐという慣習が強いため、男の子が産まれるまでは子供を作り続けるそうだ。それでは女性も大変ということなのか、一夫多妻も認められている。しかし、「女性同士でもめるので大変なんですよ」とマハルディカさんは言っていた。ちなみに彼の奥さんは1人である。子供は生まれた順に、Wayan、Made、Nyoman、Ketutが名前の頭につくそうだ。そして面白いことに、5番目からはまたWayanに戻ってしまう。つまり、長男・長女と5男・5女は同じWayanさんなのである。いい加減というか大らかなところである。
 今回のバリ島はいわゆるパッケージツアー(企画旅行)だったが、応募が少なかったのか、我々家族以外の参加はなかった。毎日同じ現地ガイドと運転手が同行してくれたので、とても安心感があったし、観光以外の話も自由にできてよかった。マハルディカさんはスラッと背の高いイケメンで、バリ語、インドネシア語、英語、日本語、韓国語が話せるフリーのガイドさん。日本語も実に堪能である。以前は韓国人のガイドもやっていたそうだが、今は日本人だけというので、両国の違いを訊いたら、「韓国人は気が短くて、すぐ怒る」と明言していた。旅の恥はかき捨てというけど、こちらが観光しているとき、相手側も黙ってこちらを観察していることを忘れてはいけないなと思う。
 今夏のバリ行きに反対していた家族も、すっかりバリ島に魅了され、満足できたようだった。帰国便が台風の影響で到着が遅れたため、終電に間に合わず、途中駅からレンタカーに乗り継いで帰る羽目になったが、大したトラブルもなく短い夏休み旅行が終わった。家を一歩出れば、大なり小なりのリスクが生じるので、無事に帰宅できたことはありがたいことである。
 時間はどんどん過ぎていくから、僕は時々自分に問いかけてみる。「今、一番やりたいことは何?」。一番やりたいことができないときは、二番目をやろうと思う。二番目がダメなら三番目でもいいから、とにかく行動しなきゃと自分にハッパを掛ける。実際には「いつでもできる」ことが多いはずだが、後で振り返ってみると、「あのとき」「そのとき」にしないことは、やらずに終わっていることが多い。「思い立ったが吉日」である。勿論、やらねばよかったってこともなくはないが、あまりそういう風には思わない。
「今、あなたの一番やりたいことは何ですか?」「僕?」僕の一番は、内緒です(笑)。

8 バリ島以後

photo:in-flight meal