「外国に行くならアメリカだ」と、14、5の頃から決めていた。
その夢が、今、現実のものになろうとしている。
自称「旅行好き」。ただし、「国内に限る」。大学4年間は、ずっとバイクに乗っていた、といってもいい。おかげで日本一周ができた。
「日本はいい国だ」これは実感である。「美味し国、日本」なんてネスレのCMコピーがあったが、本当にその通り。実に味わい深い。なかでも高知県の安芸、滋賀県の近江八幡などは、特に好きな町だ。勝手に「第二の故郷」と呼んでいる。
高校時代の友人Kが、アメリカのミズーリ大学にいる。大学受験に落ちたとき、ふたりで海外留学を相談し合ったこともあった。その後Kは留学し、僕は一浪して日本の大学に進んだ。まさに人生の岐路に立っていた。将来のことなどほとんど想像できないまま、投げた棒の先が落ちて向いた方角へたまたま歩き出してしまったような、なんとも掴みどころのない年頃だった。
「アメリカを一目見たい!」僕の気持ちの中にはいつもアメリカが棲んでいた。いや、僕の中だけではない。日本中にアメリカは溢れていた。映画、音楽、ファッション、ハンバーガー…。D.マッカーサーが厚木飛行場に降りたってから先の日本は、すっかりアメリカ漬けだ。合衆国51番目の州と揶揄されるほどに、アメリカが染み込んでいて、ことあるごとにその是非が問題にされてきた。
Kからのエアメールの最後に必ず書いてあった言葉。
「一度こっちに来いよ!」
なかなか実現しなかった。長くて短い4年の大学生活が終わる、その最後の春休みにアメリカへ行く、と僕はエアメールを送った。1989年10月のことだ。
旅立ちの朝、家の前で両親の見送りを受けた。初の海外旅行で一人旅。さすがに心配している。「永遠のお別れにならないように」と秘かに、自分のことよりも両親のために祈った。初めて成田に立つ。わずかの不安を大きな期待が吹き飛ばした。
「14時55分発、UA(ユナイテッド航空)820便」
そこだけが、僕の目に眩しく映った。