「ズートピア 2」
-ZOOTOPIA 2-


1作目「ズートピア」(16)は、歯医者の待合室や治療室のBGVで流されていたので、
断片的には何度も観ているが(笑)、劇場ではなくDVDでの観賞だった。
9年ぶりとなる続編は劇場で観たが、期待以上に面白かった。
ところが、映画.comを観ていると、殆どの人が1作目の方がよかったようである。
たまに今作を高く評価している人もいるが、10人中1人いるかどうか。
個人的にも、2作目が1作目を超える例は珍しい。
「スター・ウォーズ」、「ターミネーター」、「アバター」、「グラディエーター」、「エイリアン」…。
挙げたらキリがないくらい、1作目の方がよい。
続編が作られるのは、大抵、1作目の興行成績がいいからである。
それなりの収益が見込める分、製作費は高くなり、技術的にも進化していることが多い。
結果として、映像面に優れ、より洗練され、豪華な内容となるのだが、
それでも1作目が面白いのは、その作品のオリジナリティーがより強く感じられるからではないかと思う。
最初にその世界観に触れるという優位性もあるかもしれないが、
数十年ぶりに見返しても1作目の方がよい場合が多いので、
やはり作品そのものの違いなのだろう。
特に自分の場合は、作品の完成度より好み優先なので、
その作品を無から生み出す初動の想いや情熱に触れて、感動する傾向が強いかもしれない。

で、本作は例外的に2作目の方が面白かったわけだが、何故か?
前作は、捕食者のキツネと被捕食者のウサギがバディを組むという設定にユニークさがあったが、
今作ではさらに二人の関係を掘り下げていくところが見所だった。
この点は、ジャレド・ブッシュ監督とバイロン・ハワード監督が続編をつくる際に特に力を入れていて、
二人の間に摩擦を起こすことで成長し続けている姿を見せるようにしたそうだ。
製作過程では、「ライダーズ・ルーム方式」や「ストーリー・ジャム」という新たな取り組みで、
部署の違うスタッフの色々なアイデアを引き出し、創作に取り入れる試みが功を奏したようである。
ジュディ・ホップス(上戸彩)とニック・ワイルド(森川智之)が最高のバディであっても、
時には考え方や動物の特性の違いなどから対立したり反目してしまうのだが、
そこが日々の仕事に重なって、とても興味深く、1作目以上に強く共感できたような気がする。

近頃、ふと気になったのは、「正解はない」という言葉。
誰もがスマホで手っ取り早く情報を得られる環境下にあって、
時間をかけて調べたり、あーでもないこーでもないと悩んだり深く考える必要がない。
トイレにも寝室にもスマホを持ち込み、膨大な情報を浴び続ける時代である。
その反動なのかわからないが、「正解がない」という言葉をよく耳にするのは、何故なのか。
一人一人考えが違っていいんだよっというニュアンスで使われているように思えるが、
一歩間違えると、何が正しいのか考えたり、議論したりすることを無意味化して、
「正解」を求めることをはじめから諦める口実にもなり得るように思えてしまう。
最近読んだ堤未果著「デジタル・ファシズム」の中で、
「AIは問いをくれない。くれるのは答えだけ。人間にとって大事なのは、『問うこと』なのだ。」
「真の危機は、人間がコンピューターのように考え始めた時にやってくる。」とあった。
自分の頭で考えないことが習慣化し、スマホの情報を鵜呑みにしていること自体に気付かず、
よく理解できないのは「正解がないせい」と片付けてしまっていたとしたら、ヤバくないだろうか?

今作のテーマは「パートナーシップ」だそうで、ジュディとニックだけでなく、
たくさんのパートナーが描かれている。
お互いの違いをどう活かし合って、どのようによりよい世界をつくるのか?
そんな普遍的な問いかけが心に刺さり、感動したのだった。
そう、正解ではなく「問いかけ」があって、
「正解」を探そうと悪戦苦闘する主人公らの姿に感動したのだと思う。


109シネマズゆめが丘


DATA
米国映画/2025年/107分/スコープサイズ
監督・脚本・エグゼクティブ・プロデューサー(ジェレド・ブッシュ)/監督(バイロン・ハワード)/
エグゼクティブ・プロデューサー(ジェニファー・リー)/作曲(マイケル・ジアッキーノ)
出演(上戸彩、森川智之、下野紘、江口のりこ、山田涼介)/字幕翻訳(渡邉貴子)
 

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